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2015.06.19

まじめに回答しないほうがウマくいく

今日、仕事で、ある小さなクリニックをご訪問したら、
院長先生(男性/50代後半)にこう言われました。

「ぷらたなすさんは、どうして自宅のご飯はつぶやかないの?」

院長先生は、数年前からFacebookのアカウントがありながら、
マメに開くようになったのは、ごく最近です。

そういう方もよくいらっしゃるので、
私は彼を、登録だけして実際はほとんど使う気がない人、
と、思っていました。

ところが、最近、私のつぶやきに「いいね!」をしてくれたり、
自分でもよく写真などを、アップしているんですよね。

院長先生は、Facebookの友達は、そんなに多くありません。

そうすると、どうしても、
発信量の多い私のつぶやきを目にする機会が増え、
外食ランチや酒席の写真が多い(笑)私に感じた、
素朴な疑問だったのだと思います。

「え・・・自宅の御飯ですか?」

「そうそう、いつも外食の写真ばかりで、
自宅の写真がないよね?」

そのときは、その質問を真に受けて、
「自宅の料理は夫がつくっているので、ひどい盛り付けで、
人様には見せられない」とかなんとかw、
思ったままを答えましたが、あとから気がつきました。

そもそも、院長先生は、Facebookに置いて、
日常的な自宅のご飯などは、
通常、あまりアップしないという傾向をご存じなのだろうか?と。

定期的に食事だけをアップしているような人は別として、
Facebookは、基本的に「ハレ」のコミュニティだと思うんです。

・見栄えのいいランチだったからアップした。
・普段は来ないお店に来た。
・友人と会食して楽しかった。

普段とちょっと違う、
ささやかな”非日常”だからこそアップしたくなるわけで、
Facebookは、その幸福や感動を、
気心の知れた友人達と共有し合うツールだと思うんですよね。

気心の知れた友人だからこそ、見栄や自慢ではなく、
ピュアに共感して欲しいわけです。

Facebookに漂うその前提を、
院長先生は、わかっているかな?

ふいに問われて、何も考えずに真面目に答えてしまいましたが、
この先生は、ちょっとアスペっぽいところがある人なので、
そっちから説明してあげたほうが、ずっと親切だし、
そのほうが、院長先生にもはわかりやすかったかもしれません。

例えば、Facebookは、家で普通に食べているような、
卵かけごはんや納豆ごはんは、
毎日はつぶやかないものなんですよーって。

そうよね、もしそれをつぶやくとしたら、
それは何かの「非日常」があったときでしょう。

たとえば、今日は手抜き、とか、
たとえば、今日はシンプルに、とか、
たとえば、今日はダンナがいないので、とか(笑)

この院長先生って、仕事先だけでなく、
ある会の会員仲間でもあるのですが、
少々KYさんなんで、話し合いの場でも、
必須の大前提を踏まえない発言をして、
よく皆から「だからそうじゃなくて」という突込みを受けています。

ですが、過去に多々接してきた、
仕事がうまくいかない人達とは異なり、
曲がりなりにも、スタッフを雇用して院を経営しているので、
こちらもガードが甘くなっちゃうのですが、
たまに思い出して、「おっとっと・・・この人はそうだった」
と、意識しないと、水掛け論になりそうになりますわ^^

そんな人から、ふいに質問を受けると、
ついまじめに真剣になってしまいますが、
そこから一度、こころを離して、
「そもそもこの人は、物事の慣習や空気を察しているかな?」
と、疑ってみるのも、アスペっぽい人とうまくやる、
コツなのかもしれません。



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相手の言葉にムッとしないコツ「その場限り」

前記事でも書きましたが、
相手の言葉にストレスを持たないようにするために、
言葉の深さと面積を考える必要があると思うんです。



前記事では、仲が悪かった母について書きましたが、
私達の感情のもつれと齟齬の原因は、
今となっては、すべてそこにあると思うんですよね。



実は今朝も、ちょっと感じたことがありました。



本日のNHKあさイチは、
岩手県の西和賀という地域の特集で、
この地方特産のわらびは、
アクやスジがきわめて少なく、粘り成分が豊富なため、
「西わらび」というブランド名で、人気があるのですが、
実はわたくし、最近その「西わらび」を、
出張先の和食屋さんで、
いただいたばかりだったんですよね。



オーナー曰く、「西わらびは、わらび界のフェラーリですよ」



そんなやりとりを交わしながら、
「西わらび」のお浸しを、美味しくいただきました。



で、TV番組でその「西わらび」の紹介を見ていたうちの母、
たぶん今まで一度も食べたことがないと思われるのに、



「あー、あー、これっておいしいんだよね」



と、一緒に見ていた私に話し掛けてきたのです。



正直、「えっ・・・・」と思いました。
食べたことがないと思われるのに、
その、知った風な言い方はなに?



これが本音です。



うちの母はいつも、未体験のものに対しても、
さも知っているような言い方をするのです。



長男がまだ家にいた時は、
これが毎回、カンに触るらしく、
「おばあちゃん、これ知ってるの?いつ見たの(食べたの)?
どこで見たの(食べたの)?本当に知ってるの?」
と、感情的になって、畳み掛けるように攻撃していました。
でもそれは、少し前の私も全く同様でした。



ですが、最近思う事は、
やはり、言葉の深度と面積なのです。



たぶん、うちの母は、それまで、
あまり真剣にTVを見ていなかったと思います。



けれど、私が夫に「これ、この前食べた」などと、
楽しそうに話し掛けるのを耳にして、
初めて本気でTVの画面を見たら、
そこに映っているのは、わらびの真空パック商品。



母は、わらびの真空パック商品なら買った事があるので、
今までの番組の流れとか、それが何であるか?などは考えず、
その瞬間に、目に映ったものだけに対して、
「あー、これ、美味しいんだよね」と、言ったと思うんです。





    *    *    *    *    *    *



最近の私は、随分かしこくなりました(笑)



そこで論争しても、時間が無駄になるだけです。
だって、「一度も食べたことがないのに、その言い方は変」
と、いったところで、相手はそれに気がつく思考回路がないので、
水掛け論の泥沼になるだけですから。



ただ私は、自分の仕事(コミュニケーション研修講師)の上でも、
そういう会話の齟齬的な事例は集めておきたいので、
冷蔵庫に貼ったメモに、「あー、これ、美味しいんだよね」
と、書き留めておきました。



この話はこれで終わるはずでしたが、
なんと今日の夕食時に、母が、
「覚えていない。そんなTVは見ていない」と言い張るので、
「えー」と、またまたびっくり。



まぁ、70代ですので、多少の物忘れ傾向はあると思いますが、
うちの母は、昔からそんな感じだったので、
私は、年のせいとは、あまり思わないんですよね。



・・・で、ふと、そうだ、朝にメモを書いた、と思い出し、
「お母さん、朝に言った言葉を、私、メモしてあるよ?
お母さんは、そのとき確かにTVを見て、
『あー、これ、美味しいんだよね』と言ったんだよ?
と、冷蔵庫のメモを指差しました。



「そのときはエニョ(山菜)だと思ってそう言った」なんて、
適当に言い訳していましたけど(笑)、
かしこい?私は、それ以上言及することもなく、
「あー、そうだったのね」などと適当に合わせて、
そのテーマを終了させました。



今回のケースでもわかりますが、
うちの母は、前後の話しの流れとか、
今、皆が何について話しているか?などはキャッチしないのね。



その言葉が、今、話されている文脈や背景などを考えることなく、
パっと耳にしたら、それだけを切り取って、それ限定で言う。
そんな感じなんじゃないかな。



私なら、「え?今って何の話?」などと、必ず事前に確認して、
流れに合わないトークはしないようにするんだけど、
その発想は皆無のようです。



アスペではないと思うよ。
でも、言葉の深度と面積はピンスポット的なんだよね。
何かを話す時に、時間軸を考えない、とも言えるかな。



深読みタイプの私は、そんな母と長い間、うまくいかず、
母に対して批判的な感情を持ち続けていましたが、
母にしてみれば、普通に振る舞っているのに批判されるのは、
まったく合点のいかないことで、
それで口論になったのだと思います。



ご縁があってこの文章をお読みの方が、
もし、お母さんと仲が悪いのだったら、
言葉の深度と面積と時間軸の差を、
考えてみるとよいと思います。



たいていは、そこが違っているはずだと思うから。







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