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2016.09.19

息子が潰瘍性大腸炎に(中等症~重症)~15.退院は喜びもなくあっけなく

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息子が潰瘍性大腸炎に(中等症~重症/ステロイド抵抗性・難治性)01.個人病院  02.S総合病院  03.子供の頃のように手をさすってあげたい  04.ツムツムのお知らせが安心のサイン  05.提案により転院を選択  06.1日7000円でも即決転院、後の事は後に考えよう  07.新しい薬はプログラフ(タクロリムス)  08.「そんなハズはない」は禁句よ、先生  09.親として言葉や行動に敏感になる日々  10.プログラフが効いてきました  11.イムラン 寛解への準備  12.アパートを引き払う  13.病院で2か月ぶりの食事  14.退院までは思った以上に長かった 15.退院は喜びもなくあっけなく←★ただいまご覧の記事はこちらです。 16.1年後、再就職の一か月後にまた再入院 17.大腸全摘しました(息子が) 18.その後と現在はこちら


中等症と重症の間ぐらいの潰瘍性大腸炎で、6月の半ばに入院した息子(30代)ですが、お陰様で8月の末に退院いたしました。75日間の入院でした。



実は一度、その一か月前の7月の末(入院後一か月半)に、担当医師から「早ければ今週中に退院できるかも」と言われたことがありました。血液検査の数値が改善し、息子の体調が安定していた頃です。このときは本人も家族も、「やっと来たか!」みたいな感じでうれしさを隠せず、退院後の生活についてあれこれ前向きな話をしていた時期でした。



ところがその後の検査で、血液検査の数値上は改善しても、息子の潰瘍性大腸炎(全腸型)は、深い部位がまだ直っていないことがわかりました。その時点で、退院の話はなんとなくフェイドアウトした形になってしまいました。息子の体調も、その後は進展がなく、たまに悪かったり、たまによかったり、こういうのを一進一退と言うんでしょうね。



で、それからが思った以上に長かったのですが、結果的に、退院の日は、あっさりと、そして、あっけなくやってきてしまいました。 「やってきてしまいました」と表現したのは、症状が大きく改善しての退院ではないからです。



これは息子からのまた聞きですが、先生のお話では「これ以上居ても、進展はなさそうだから、入院しても自宅に居ても同じ」という理由で、突然、退院を打診されたそうです。これ以上進展がなさそうだから”退院”というのも、なんとなく手放しでは喜べない話ですが、先生によると息子の潰瘍性大腸炎は「慢性持続型ではないか?」ということでした。



潰瘍性大腸炎は、臨床経過による分類として以下のように分けられます。※潰瘍性大腸炎は、原則として治る病気ではないため「全快」という概念がなく、発症が何もなく普段通りの暮らしができて安定を保っている状態になることを「寛解(かんかい)」と言います。私なんかは、寛解というと、統合失調症など、精神分野を思い浮かべてしまいますが^_^;・・・



【初回発作型】・・・発症時のみ症状があったものの、その後再燃はみられない場合。(その後の経過で多くは再燃寛解型になる場合が多い。)
【再燃寛解型】・・・再燃と寛解を繰り返す場合。
【慢性持続型】・・・発症から6か月以上、血便や下痢などの症状が続く場合。
【旧姓劇症型】・・・きわめて強い症状で発症した場合。(中毒性巨大結腸症、穿孔などの合併症をともなうことも多い。)


(出典:潰瘍性大腸炎の正しい知識と理解(第4版))



4_1



ちなみに、上記が掲載されている「潰瘍性大腸炎の正しい知識と理解(第4版)」という冊子は、息子が最初に入院した病院で渡されたものです。現在の治療方法や薬品の解説などにも踏み込んだ内容で、詳しくてわかりやすいので、息子はバイブルのように何度も何度も読み返し、先生から新しい薬の名前や治療法が出るたびに、めくって調べていました。



この冊子はお値段も出版社の掲載もなく、患者さん用に無料配布している啓蒙冊子なのかしら?病棟で「もう一冊欲しい」と言ったら、「自分たちはわかりません、外来でもらってください」と冷たくあしらわれて、結局そのままになってしまいましたですが、今は息子が退院して冊子も家にあるので、コピーして家族で何度も読み返しています。



さてお話を元に戻します。



さてお話を元に戻します。先生がそうおっしゃるところをみると、息子の潰瘍性大腸炎は、全腸摘出までにはいかないまでも、プログラフの投与の効果があるところで止まってしまった経緯で、そう判断されたのかもしれません。(ほかの人はどうなんだろう?)そのため、これ以上、入院していても、大きな改善は見られないだろう、という結論なのかもしれませんね。



この話を、奥様が潰瘍性大腸炎と同系のクローン病で、こっち系の話に詳しい親しい知人に話すと、「あ、これ以上いても儲けにならないから、追い出されちゃったんですね」なーんて言うんですが、残念ですが、病院の裏事情までは私にはわかりません。ちょっと検索してみてこんな記事(「2週間の入院が一番儲かる? 長く入院できない病院の裏事情」)は読みましたけど、息子がそれに相当するかは不明です。



さて、突然のように、「オレ、今週退院だって」と言ってきた息子の言を受けて、家族は微妙に大慌てwww そもそも退院と言うのは、日常生活にほとんど支障がなくなってから、と思っていた私達は、この時点でもまだ、時折具合悪そうにしていて食事もままならない状態のまま、息子が家に戻ってくることに、かすかな不安と戸惑いを覚えました。この状態で帰宅しても、三食はいったい何を出せばいいのか?



だいたい、それまで、病院食でさえあまり食べられなかった息子が、家の食事で食べられるものなんてあるんだろうか?しかも、今現在、我が家の食事当番は夫がメーンです。息子は今まで長い間一人暮らしだったので、私も夫も母(実母)も、手抜きの食生活に慣れ過ぎていて、昼食ひとつとっても、私(朝食と昼食担当)が仕事で忙しい時は、「本日は各自!」と叫べば、めいめいが勝手に有り合わせで済ませるようなライフスタイルを何年も続けてきました。そこに、腸に疾患のある息子が帰ってくるのです。これは極端な言い方をすれば、大人だけでゆるくまったりと暮らしていた世帯で、突然、新生児を引き受けるようなものではないか?息子には申し訳ないけど、そんなことさえ考えてしまいました。(人ってゲンキンなものですよね。せっかく退院が決まったのに、今度はそっちの心配だったりして・・・)



ですが、それは半分杞憂に終わりました。入院の後半は「あまり頻繁に来なくてもいい」と言われていたので、あまり息子の実態?がわかりませんでしたが、前回書いたような経緯で、それなりに好きなものは口にしていたみたいです。そして私達家族が想像した以上に、割とたくさんの量を食べられることもわかりました。



とはいえ、今も食後の腹痛が残り、まだ寛解には至っていない息子なので、食べられるものには、かなり制限があります。息子が退院時に栄養士さんからもらってきた、食べていいもの、悪いものリストは以下です。

20160827_



そして夕食係の夫は、早速、書店に行って以下の本を買いました。


 



考えてみたら、今までの私は、仕事を理由に家事をサボり過ぎていました。夫と母と私と3人暮らしの生活を、私の収入だけで維持していることもあって、夫や母の配慮や好意に甘え過ぎていたかもしれません。



私はふと、私が掃除をしたり洗濯をしたり、三食とも台所に立って、私を中心に家族が回っていて、賑やかな会話と笑顔があふれていた、子供達が小さかったころのような暮らしに、また、戻りたいな、と思いました。



元々、来年80歳になる母のことを思うと、今までのように、出張で不在が多い仕事はどうなんだろう?という思いがあって、昨年から、将来への準備の意味も含めて、アフィリエイトなども少しずつやってきたのですが、もしかしたらこれからは、そちらを加速していかないとダメなのかもしれませんね。

◆その後と現在の状況はこちらの新設専用ブログをご覧ください。

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2016.09.18

息子が潰瘍性大腸炎に(中等症~重症)~14.退院までは思った以上に長かった

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中等症と重症の間ぐらいの潰瘍性大腸炎で、6月の半ばに入院した息子(30代)ですが、お陰様で8月の末に退院いたしました。75日間の入院でした。



食事の再開を皆で喜んだ前回の記事から2か月も経ってしまいましたが、その後の経過としては、食事を再開してからまた腹痛がひどくなり、血液検査の数値も悪化したため、5mg/日から2.5mg/日に減らしていたプログラフ(タクロリムス)もまた5mg/に増量。(4mgだったかな?記憶が曖昧・・・) 本人の希望で食事は一旦中止して、また点滴栄養のみに逆戻り。その後、1週間ぐらいでまた体調が安定して来たので、食事が復活したのですが、なんと、今度は、本人が病院食を見ると吐き気がして食べられない、という事態に。



食事再開時にあれほど幸福感を味わいながら、「うまい、うまい」と言って食べた病院のご飯だったのに、胃腸科の病院食というのは、味も薄く色も薄く、見た目も全体的に白っぽくて素材も限られるためか、「食事を見ると、うぇっ(吐き気)とする」という状況になってしまいました。それでも味噌汁やデザートのゼリーなどは大丈夫ということで、それだけ食べていたようです。



で、どの病院もそうなのかわかりませんが、ご飯(米)はダメでもウドンやパンなら行けそうと思った息子が、ダメ元でそう言ってみると、あっさり次からはウドンやパンを出してくれるようになり、病院食というのはリクエストすれば、そこそこ聞いてもらえるものなんだな、と、親子で妙に感心してしまいました。



ですが実は、ここから先が長かったのです。入院して間もない頃は、プログラフが体質に合ったようで、毎週の血液検査をするたびに各数値の改善が見られ、家族は大いに希望を持ちました。ところが、二度目の食事の再開からは、回復の進捗が止まってしまったようで、小さな朗報さえ全くなくなってしまいました。家族が見舞いに行くたびに、何かを期待して、「今日はどうだった?」と聞くのが嫌になってしまったのでしょう。息子からは、「これからは、俺のリクエストがあるまでは、当分病院に来なくていい」というLINEメッセージが入りました。



この時期の息子は、今思い出しても一番暗かったと思います。「病院に来ても俺からいい話なんかないから」と吐き捨てるように家族に告げて、非常に後ろ向きになっていました。入院中の空いた時間を利用して、始めたばかりだった資格取得の勉強も中断せざるを得ず、ポジティブになろうとして何かの希望を持つたびに、何度もそれが叶わぬ結果となり、近い未来にも遠い将来にも、全く先が見えないあきらめのような無効力感を持ち始めたのかもしれません。



病室は、1日7000円の個室から2000円の個室っぽい4人部屋に変えてもらいました。私もそれがいいと思いました。うちの息子、他人がクチャクチャと音を立てて物を食べたり、辺りをはばからずに大声で話したり、痰を出したりするのが非常に気になってストレスに感じるタチなので(病気のせいでナーバスになっている)、夫も私も、現状、大部屋は無理、と思っていました。幸い、息子の入院している病院には、隣のベッドとの間仕切りを強化した個室っぽい有料の4人部屋があったので、そちらを希望したようです。



以後は何の進展もなく、悪くなってはいないが良くもなっていない、という状況が長く続きましたが、そんな状況の中で、息子の心の支えになってくれたのが、息子が高校のときにお世話になった先生でした。うちの息子は定時制高校ですが、息子を評価し可愛がってくれたいい先生達に恵まれて、30代になった今でも当時の先生達と交流が続いているのです。



その中の一人の先生がある日お見舞いにやってきて、「俺なんか80日間も絶食した」と息子に笑って告げたそうです。先生は潰瘍性大腸炎によく似たベーチェット病で、息子が潰瘍性大腸炎で入院したと知って、わざわざお見舞いに来てくれて、初めてそれを教えてくれたそうです。ふーん、それってなんかいいよね。私なんか、高校の先生となんか、卒業時に皆、スッパリと縁が切れてますよ^_^;



で、本当は笑えない話なんだけど、その先生の話が可笑しいの。先生は80日間の絶食治療入院中に、どうしても、どうしても、どうしても、カレーパンが食べたくなって、売店で買ってこっそり食べちゃったんだって。そうしたら、その直後に激しく症状が悪化して、胃洗浄にまで至ってしまい、医師にも非常に怒られたとのこと。



息子にはそういった身近な人の体験談がすごく参考になったらしく、その話だけは、久しぶりに笑顔で楽しそうに話してくれました。



潰瘍性大腸炎は阿部首相もなったことで知られ、原因不明、治療法も確立されていない難病指定の特定疾患ながら、今では患者数がどんどん増えていて、軽い人も多いことから、特定疾患と認められない人もいると聞きました。そうなんです。息子は重症には至っていないけれど、中等症としては重いほう、という診断です。けれど、症状の重さをイメージさせないネーミングだと個人的に思っているし、「私の知っている人がその病気」という人は多いけど、軽症の人が意外に多いので、この病気のひどさ、しんどさ、を周囲は誰も理解してくれないんですよね。



そんな中で、唯一の患者さんの心の救いは、似た症状を持つ当人同士の情報共有と共感なのだ、と痛感しました。ちなみにその先生は、かなりヤンチャな患者さんだったようで、それ以外にも看護師さんの目を盗んで、売店で色々買ってひそかに食べたりしていたようです^_^; ですが、このエピソードが非常に息子の気持ちを楽にしてくれた。「それでもいいんだ」(本当はよくないけどw)。そう思った息子は、自分の体と相談しつつ、たぶん大丈夫じゃないか?と思えるものは、売店で買って少しずつ食べたりし始めました。



さて、私とクライアント先が良好な関係を保っていて、ある程度私的な話をしても許される講演や研修の場で「息子が潰瘍性大腸炎」と言うと、思い当る人は必ず終了後に挨拶をしにやって来てくれます。ある会場では、高校生になる息子さんが大腸摘出をして今は人工肛門を付けている、という受講者さんとギリギリまで話し込んでしまいました。また、別な会場では、「実は自分もそうなんです。20代で発症しましたが、理解ある上司に恵まれて今も仕事を続けています」と、名刺を持ってご挨拶をしに来てくれました。その方は軽かったそうですが、病名だけを聞いて「たいしたことない」と判断するのは相手を傷つけてしまうことかもしれません。



息子の親しい友人達は、息子が入院したと聞いても、誰もが一週間程度で済んで今は退院していると思っていたので、「今も入院している」と息子がLINEグループでメッセージすると、今度は「退院したら飲み会!」ということで、勝手に盛り上がってしまったそうです。が。が。潰瘍性大腸炎はそういった、薬や入院で時期が来たら全快するような病気ではないんですよね。



お盆を過ぎたある日、用事があって(入院中の息子に代わり、それまでかかっていた病院に傷病手当の申請をする)病院に行ったら、息子がポソッと言いました。「窓を開けたら虫の声が聞こえるんだよね。俺が入院したときは、まだ梅雨だったのに・・・」



本当にこの入院生活が、一体いつまで続くんだろうね。私でさえ、ふと、このままの状態が一生続くのではないか?と思ってしまい、息子の言葉に旨が切なくなってしまうのでした。


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