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2016.09.18

息子が潰瘍性大腸炎に(中等症~重症)~14.退院までは思った以上に長かった

息子が潰瘍性大腸炎に(中等症~重症/ステロイド抵抗性・難治性)01.個人病院 
02.S総合病院 
03.子供の頃のように手をさすってあげたい 
04.ツムツムのお知らせが安心のサイン 
05.提案により転院を選択 
06.1日7000円でも即決転院、後の事は後に考えよう 
07.新しい薬はプログラフ(タクロリムス)
08.「そんなハズはない」は禁句よ、先生 
09.親として言葉や行動に敏感になる日々 
10.プログラフが効いてきました 
11.イムラン 寛解への準備 
12.アパートを引き払う 
13.病院で2か月ぶりの食事
14.退院までは思った以上に長かった ←★ただいまご覧の記事はこちらです。


中等症と重症の間ぐらいの潰瘍性大腸炎で、6月の半ばに入院した息子(30代)ですが、お陰様で8月の末に退院いたしました。75日間の入院でした。



食事の再開を皆で喜んだ前回の記事から2か月も経ってしまいましたが、その後の経過としては、食事を再開してからまた腹痛がひどくなり、血液検査の数値も悪化したため、5mg/日から2.5mg/日に減らしていたプログラフ(タクロリムス)もまた5mg/に増量。(4mgだったかな?記憶が曖昧・・・) 本人の希望で食事は一旦中止して、また点滴栄養のみに逆戻り。その後、1週間ぐらいでまた体調が安定して来たので、食事が復活したのですが、なんと、今度は、本人が病院食を見ると吐き気がして食べられない、という事態に。



食事再開時にあれほど幸福感を味わいながら、「うまい、うまい」と言って食べた病院のご飯だったのに、胃腸科の病院食というのは、味も薄く色も薄く、見た目も全体的に白っぽくて素材も限られるためか、「食事を見ると、うぇっ(吐き気)とする」という状況になってしまいました。それでも味噌汁やデザートのゼリーなどは大丈夫ということで、それだけ食べていたようです。



で、どの病院もそうなのかわかりませんが、ご飯(米)はダメでもウドンやパンなら行けそうと思った息子が、ダメ元でそう言ってみると、あっさり次からはウドンやパンを出してくれるようになり、病院食というのはリクエストすれば、そこそこ聞いてもらえるものなんだな、と、親子で妙に感心してしまいました。



ですが実は、ここから先が長かったのです。入院して間もない頃は、プログラフが体質に合ったようで、毎週の血液検査をするたびに各数値の改善が見られ、家族は大いに希望を持ちました。ところが、二度目の食事の再開からは、回復の進捗が止まってしまったようで、小さな朗報さえ全くなくなってしまいました。家族が見舞いに行くたびに、何かを期待して、「今日はどうだった?」と聞くのが嫌になってしまったのでしょう。息子からは、「これからは、俺のリクエストがあるまでは、当分病院に来なくていい」というLINEメッセージが入りました。



この時期の息子は、今思い出しても一番暗かったと思います。「病院に来ても俺からいい話なんかないから」と吐き捨てるように家族に告げて、非常に後ろ向きになっていました。入院中の空いた時間を利用して、始めたばかりだった資格取得の勉強も中断せざるを得ず、ポジティブになろうとして何かの希望を持つたびに、何度もそれが叶わぬ結果となり、近い未来にも遠い将来にも、全く先が見えないあきらめのような無効力感を持ち始めたのかもしれません。



病室は、1日7000円の個室から2000円の個室っぽい4人部屋に変えてもらいました。私もそれがいいと思いました。うちの息子、他人がクチャクチャと音を立てて物を食べたり、辺りをはばからずに大声で話したり、痰を出したりするのが非常に気になってストレスに感じるタチなので(病気のせいでナーバスになっている)、夫も私も、現状、大部屋は無理、と思っていました。幸い、息子の入院している病院には、隣のベッドとの間仕切りを強化した個室っぽい有料の4人部屋があったので、そちらを希望したようです。



以後は何の進展もなく、悪くなってはいないが良くもなっていない、という状況が長く続きましたが、そんな状況の中で、息子の心の支えになってくれたのが、息子が高校のときにお世話になった先生でした。うちの息子は定時制高校ですが、息子を評価し可愛がってくれたいい先生達に恵まれて、30代になった今でも当時の先生達と交流が続いているのです。



その中の一人の先生がある日お見舞いにやってきて、「俺なんか80日間も絶食した」と息子に笑って告げたそうです。先生は潰瘍性大腸炎によく似たベーチェット病で、息子が潰瘍性大腸炎で入院したと知って、わざわざお見舞いに来てくれて、初めてそれを教えてくれたそうです。ふーん、それってなんかいいよね。私なんか、高校の先生となんか、卒業時に皆、スッパリと縁が切れてますよ^_^;



で、本当は笑えない話なんだけど、その先生の話が可笑しいの。先生は80日間の絶食治療入院中に、どうしても、どうしても、どうしても、カレーパンが食べたくなって、売店で買ってこっそり食べちゃったんだって。そうしたら、その直後に激しく症状が悪化して、胃洗浄にまで至ってしまい、医師にも非常に怒られたとのこと。



息子にはそういった身近な人の体験談がすごく参考になったらしく、その話だけは、久しぶりに笑顔で楽しそうに話してくれました。



潰瘍性大腸炎は阿部首相もなったことで知られ、原因不明、治療法も確立されていない難病指定の特定疾患ながら、今では患者数がどんどん増えていて、軽い人も多いことから、特定疾患と認められない人もいると聞きました。そうなんです。息子は重症には至っていないけれど、中等症としては重いほう、という診断です。けれど、症状の重さをイメージさせないネーミングだと個人的に思っているし、「私の知っている人がその病気」という人は多いけど、軽症の人が意外に多いので、この病気のひどさ、しんどさ、を周囲は誰も理解してくれないんですよね。



そんな中で、唯一の患者さんの心の救いは、似た症状を持つ当人同士の情報共有と共感なのだ、と痛感しました。ちなみにその先生は、かなりヤンチャな患者さんだったようで、それ以外にも看護師さんの目を盗んで、売店で色々買ってひそかに食べたりしていたようです^_^; ですが、このエピソードが非常に息子の気持ちを楽にしてくれた。「それでもいいんだ」(本当はよくないけどw)。そう思った息子は、自分の体と相談しつつ、たぶん大丈夫じゃないか?と思えるものは、売店で買って少しずつ食べたりし始めました。



さて、私とクライアント先が良好な関係を保っていて、ある程度私的な話をしても許される講演や研修の場で「息子が潰瘍性大腸炎」と言うと、思い当る人は必ず終了後に挨拶をしにやって来てくれます。ある会場では、高校生になる息子さんが大腸摘出をして今は人工肛門を付けている、という受講者さんとギリギリまで話し込んでしまいました。また、別な会場では、「実は自分もそうなんです。20代で発症しましたが、理解ある上司に恵まれて今も仕事を続けています」と、名刺を持ってご挨拶をしに来てくれました。その方は軽かったそうですが、病名だけを聞いて「たいしたことない」と判断するのは相手を傷つけてしまうことかもしれません。



息子の親しい友人達は、息子が入院したと聞いても、誰もが一週間程度で済んで今は退院していると思っていたので、「今も入院している」と息子がLINEグループでメッセージすると、今度は「退院したら飲み会!」ということで、勝手に盛り上がってしまったそうです。が。が。潰瘍性大腸炎はそういった、薬や入院で時期が来たら全快するような病気ではないんですよね。



お盆を過ぎたある日、用事があって(入院中の息子に代わり、それまでかかっていた病院に傷病手当の申請をする)病院に行ったら、息子がポソッと言いました。「窓を開けたら虫の声が聞こえるんだよね。俺が入院したときは、まだ梅雨だったのに・・・」



本当にこの入院生活が、一体いつまで続くんだろうね。私でさえ、ふと、このままの状態が一生続くのではないか?と思ってしまい、息子の言葉に旨が切なくなってしまうのでした。

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