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2016年5月の18件の記事

2016.05.31

アスペルガーに見かけの「やる気」は求めるな

今日はコーチングのクライアントさんから有料のご相談がありました。
「新規に採用した新人さん(女性/20代後半)が気になる」という内容です。



業種は歯科クリニックで、仕事は受付のスタッフ。
既存スタッフが退職するため、急きょ、補充要因として採用したのですが、
飲み込みがイマイチ悪く、周囲ともあまり馴染まず、
仕事への姿勢にも疑問が残るため、助言が欲しい、というものでした。


お話を聞いた限りでは、アスペさんではないかと思われます。
ヒヤリングした特徴やエピソードは以下の通り。


・物覚えや飲み込みが遅い。教えても響いて伝わっている感じ全くがしない。
・伝えたことを曲解される。日報を見ると、こちらの意図と全く異なる主旨に変換されている。
・間違いを指摘するとすぐに「わかってます」と遮るので、プライドが高いのかな?とも思う。
・好きでこだわりのある分野に関しては、ちょっと振ると空気を読まずに延々と熱弁する。
・先輩達には節度を保っているが、直接の指導者に対してはあけすけな物言いをする。
・雑用に関しては、非常にストレートな突っ込みを入れてくる。(これも仕事なんですか?)
・何かを指導すると、馬鹿にして軽視されているような印象を受ける。(わかってます!)
・本人の自信たっぷりのトークに対して、実際はできていないことが多い。
・自分は仕事ができると思っているような印象があり、プライドが高そう。
・電話応対はなめらかで秀逸。
・全般的に、前向きな熱意ややる気が感じられず、すでに孤立し始めている雰囲気。


失礼とは思いながら、「電話応対はいい」というひとことに、
思わず、爆笑してしまいました。
アスペルガーやその傾向が強い人って、言葉遣いや敬語がきれいなんですよね。
ルールやルーチンに感性が強いので、
相手の意図をくみ取って臨機応変に柔軟に対応するということよりも、
いかに正しい敬語で間違いのない言葉遣いをするか?ということのほうに、
関心の高い人が多いです。で、実際にそちらの方が向いています。
なので定型トークは素晴らしいです。(休診の問い合わせや、保険証の説明等)


それから「プライドが高いのでは?」という部分も、
どちらかと言えば防御かな?と思いました。
アスペルガー傾向の方は、小さいころから周りと齟齬が生じていて、
自分には非がないと思っていても、他人からは「そうじゃない」と叱られることが多いので、
自分を批判するような発言に対しては、頑なに強いバリアを貼ったり、
逆に何も考えず条件反射のようにひたすら謝罪を繰り返したり、
それまでの人生経験で学習した結果が、行動に現れることが多いです。



ただ、私が気になったのはそこではなく、「やる気が感じられない」という部分でした。


アスペくん・アスペさんは、特定の分野にで非凡な力量を発揮できる人達ですが、
"周囲が自分をどう見ているか?""どう見られているか?"などの、
対外的で客観的な自己認知/自己評価は苦手です。周囲と大きくズレが生じます。


そもそも、「やる気」ってなんでしょうね。


何らかの理由である対象物に高い関心が生まれ、
それに携わっている状態を自分で心地よく感じるなら、
その心情は言動や表情になって自然に外に現れると思います。


ですが、職場の先輩達がイメージする「やる気」というのは、
決してそこだけを言っているのではないと思うんです。
強いて言えば、積極性、ということになるでしょうか。


具体的には、「自ら調べる」「自ら尋ねる」「自ら何かの役割を買って出る」
「言われなくてもやる」「業務に対して前向きな言葉を発する」などです。


ですが、アスペルガーの人達は、
自分が今、どういった姿勢を望まれているのかをキャッチすることが苦手ですし、
どのように行動すれば、周囲に「やる気がある」と認知されるのかもうまくつかめないし、
こころの中にピュアで真摯な「やる気」があっても、
それが周りの納得を得られる行動につながらないんですよね。
だから誤解されちゃうの。


他人が感じる「やる気」というのは二通りあって、
ひとつは、本人だけが感じて知っている、正真正銘の内なる「やる気」。
もうひとは、「やる気がある」と周りに思われたい無意識の演出。
たとえば、明るく元気な返事、自主的なお手伝いや先輩のサポート、
一刻も早く業務を覚えたい姿勢なども、それに当たると思います。


ですが、アスペっ子さんは、そのように自然に取り繕うことができないので、
ここ一番で、一挙一動を見られているような場面でも、
素のまま、超本音で振る舞っちゃって、
「今、それを言ったらヤバイでしょ?」と思うことでも平気で言っちゃうんだよなぁ(^_^;)


今回は、植木への水遣りを頼んだら、
「私が、仕事できないから、そういうことを頼むんですか?」と、
ストレートに突っ込んできたらしいし、ドクターは思わず言葉に詰まったそうです。


思わず言葉に詰まったのは、自分の気持ちとシンクロしてしまったからですが、
ホントはね、そういうときは、しらっとした顔して、「そうですよ?」と言えばいいんですよ。
彼らは字義通りに事実ベースで会話をするので、断定亭な言い方のほうが伝わるし、
向こうも意に反して、思った以上に素直に応じてくれることが多いのですが、
人への配慮があると逆に難しいですよね。


実際は、「仕事ができないから頼んだ」のではなく、
スタッフの方達が皆で分担してやっている日常業務だからなのですが、
その場合は、今回のドクターのように「こういうのも大事な仕事」などとは言わずに、
「当院のルールです」「当番制です」など、そういう決まりになっているということを、
当たり前のように断定的に言ってあげたほうが、わかりやすいと思います。


多くの人は、そういった"上から目線"の言い方をするとカチンと来ますし、
弁の立つ人なら、「そのルールっておかしくないですか?」などと、
今度は、ルールの意義そのものに言及してくると思いますが、
アスペっこさんは、人として正しくありたい、ルールは遵守したいと思っている、
真面目な方が多いので、その先に言及してくることは少ないように感じます。
または、相手の共感を得られる表現がすぐに思いつかず、
「それって変でしょ?」と感じても、パッとうまい言葉が出てこないのかもしれません。


「やる気」というのは、人を評価するうえで大きな指標になりますが、
その正体を分解していくと、単に態度の問題だったりすることが多いと思うんです。

でも、それができないから「アスペくん・アスペさん」なのであって、
指導者はそこだけをピックアップして取り沙汰せずに、
その人が実際に何をどう行ったか?だけを、
事実ベースで見ていくスキルも必要だと思います。


アスペルガー傾向の方への指導・育成は、精神論に終始すると進みません。
「なに?このひと?」と思う気持ちを引っ込めて、
仕事ができる/できない は、なるべく数値化させて、
客観的に本人にフィードバックしていくのがよいと思います。



彼らは、いい意味で、鈍感なところ、
つまり、人へのはばかりがないとろも、業績を上げていくうえでは強みなので、
本当は受付みたいな対人スキルを要求される業務ではなく、
数値に忠実な、検査士のような仕事が向くはずですが、
これがまた、世の中のうまくいかないところで、
現実には、アンマッチングな業務に就いている方も多いですよね。


クライアントさんには取りあえず、「やる気の有無で人を判断しないように」伝えて、
その根拠も伝えました。
うまくいってくれるといいんだけどな・・・


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2016.05.29

言い換えの敬語を使わない若者達

昨日は、小さなコールセンタースタッフの研修をしました。
コールセンターと言っても、10人に満たないメンバーが、
オフィスの片隅で電話を受けているぐらいの規模で、
業種は衣料品のネット通販です。


最近、若い人達の電話応対研修をやって傾向として感じることは、
①たどたどしさをつくっているような独特の口調である。
②「です」「ます」でアクセントを強めるような幼さを感じさせる話し方である。
②伝統的な敬語が使えない
この3点です。


もちろん、そうでない人も大勢いますが、
私の研修先のメーンである、地域の中小零細企業に入社するような、
(特にギャル系の)(特に販売系の)新人さんはちょっとダメダメですね^^


③の「伝統的な敬語」というのは、俗に「言い換えの敬語」と言われるものですが、
食べる→召し上がる、見る→ご覧になる、というふうに、
元の言葉とは違う表現になる尊敬語、という意味合いです。


毎回、言い換えの敬語については、
食べる、見る、行く、見る、居る、の5つの言葉について、
尊敬語、謙譲語について、参加者に”言い換えて”もらうのですが、
これがねぇ・・・、最近の若い人たちは、多くの皆さんが以下のように言うんです。


食べる→食べられる (例:お客様が食べられたお皿 など)
見る→見られる (例:お客様が今、見られたカタログ など)
言う→言われる (例:お客様が言われた先ほどの商品 など)
行く→行かれる (例:お客様が昨日行かれたお店 など)


敬語として、間違いではありませんが、
”言い換え”(元の言い方とは違う表現)と事前に言ってあるので、
この場合は、問いかけへの正解ではありません。


でも、この傾向が、この頃、非常に強いんです。
皆さん、それぞれに意識の高い方なので、
敬語を知らないから答えられないというのではありません。
名指しすると、何の疑問もなくそのように即答するので、
そういう言い方が相手に対して最も丁寧で、
最上級の言葉遣いと思っているような雰囲気です。


れる・られる をくっつけて敬語にする方法(付け足しの敬語)は間違いじゃありませんが、
可能を表す表現と同じで誤解を招きやすいので配慮が必要ですし、
それに、言い換えの敬語のほうが、経緯を表す感覚の度合いが強いと思います。
なので、個人的にはバイト敬語(ファミコン言葉)と同じような、
若者特有の敬語という印象も強いです。


この場合に限らず、今って、敬語化するときになんでもかんでも受け身の形にしちゃうので、
それが丁寧な言い方だと思ったら大間違いだぞ?という気持ちが自分にはあるんですよね。


また、見る→拝見します と言わずに、見させていただきます、ってのは、
言い換えの敬語をつかわないばかりでなく、
「見せていただく」が「見させていただく」になっている誤用のさ入れ言葉(NG敬語)だし、
しかも「させていただく」という必要以上にペコペコ感のある慇懃な感じが気になる人もいますし、
本当に、ものすごく、今どきの独特な雰囲気を持った言葉遣いって感じがします。


「お客様がお帰りになられました」(二重敬語)とか、
「それでは読まさせていただきます」(二重敬語+さ入れNG敬語)とかは、
滑舌的にも言いにくくてスムーズに話せませんし、
相手を崇め奉るために、なんでもかんでも長ったらしく冗長させて、
丁寧ぽい言い方にしてしまう傾向(結果的にNG敬語になる)の近頃の接客トークは
スピード感がなくて会話の効率が悪いだけでなく、ギャル敬語のような感があり、
お店や会社のイメージも、そっち寄りにしちゃうんじゃないかなぁ・・・


そんな中にあって、若い人達が「召し上がる」「拝見する」などをつかえないのは、
今までの日常生活でそれほど聞いたことがないし、言ったこともないからだと思いますが、
今の若い人達は、子どもの頃から、
"大人に対して居住まいを正す"という経験が圧倒的に不足しているので、
敬語への感性が研ぎ澄まされていませんし、
コンビニやファミレスなどのアルバイト先(または利用者として)で耳にした敬語が、
耳学問で身についてしまうのは、自然なことなのかもしれません。


これについて私が最近思うのは、携帯電話の普及による世代間交流の減少です。


携帯電話が普及して、家に固定電話がないケースも増えました。
もし固定電話があったとしても、ほとんどの連絡は家族個人の携帯電話に入ります。
そのため「家族あての電話を子供が取り次ぐ」ということがなくなり、
見ず知らずの大人(第三者)と電話で話す機会が減って、
目上の人への言葉遣いを意識することもなくなったのかもしれませんね。


私(50代)の小さい頃は、家に電話は1台で、
(しかも私の小学生時代は、自宅に電話はなく、連絡は官舎(郵政アパート)の呼び出し電話)
両親が不在のとき、子どもは親にかかってきた電話を取らなくてはならず、
拙いながらも、誰に教わることなく、「今は家にいません」とか「出かけました」とか、
それなりに、知らない大人とのやりとりに敬語を使ってきたと思います。


子どもにとって大人は、”圧倒的に目上”の存在だし、しかも両親の知人なのですから、
ちゃんとしなくちゃいけな、という漠然とした感覚があったように思います。
だからなんとなく、父にかかってきた電話を取り次ぐ母の話し方などで、
「こんな風に言うんだ」みたいな感覚が身に付いたのだと思います。


私は敬語って、学ぶよりも先に、耳で覚えるものだと思うんですよね。
お店の人が話している言葉、先輩が先生と話している言葉、
TVの報道、インタビュー、ドラマや映画の中でつかわれている言葉遣い・・・
そういう無意識のアンテナから得た情報が蓄積が統合されて、
自分が目上の人と接するときの言葉遣いの引出しになると考えています。


だから、若い人達が、「召し上がる」「おっしゃる」「ご覧になる」「いらっしゃる」と言えないのは、
そういう言葉遣いに触れた絶対数が少ないんですよね。
そして、意識する機会もない、と。
なので、それを頭から「常識がない」と否定するのは酷だと思いますが、
だからと言って、放置&野放しにするのではなく、
「社会人なら、こんなときにはこういう言い方をするものですよ」と
ぶれずに毅然と教えてあげられる指導者が社内にいないと、
従来の敬語は、あっという間に駆逐されてしまうと思うんです。
ですが、現実として、コールセンターのような場合を除き、
一般会社では、よほど乱暴で汚い言い方でない限り、
相手から言葉遣いを正される、ということはありません。
なぜなら、みんな、人の言葉遣いを正せるぐらいの自信がないからです。
いえ、乱暴で汚い言葉遣いだったとしても、
「その言い方はよくないから直しなさい」と言える人が、職場に何人いるでしょう?
でもね、私はそんな頑固上司やオツボネおばさんも、居ていいと思うんです。


ひところやり玉に挙げられた「よろしかったでしょうか?」も今は市民権を得ていますし、
「見れる」「食べれる」「寝れる」などの ら抜き 言葉も多くの人が疑問もなくつかっていますし、
近頃では、地下鉄の録音アナウンスまでもが、
「お乗りになられましたら」(二重敬語。正しくは、「お乗りになりましたら」)と言っている時代です。


国語審議会のレポート「国語に関する世論調査の結果について」を読んでいると、
今までは誤用とされている言葉遣いに対して違和感を感じない人の割合が増えているのは毎年のことで、
そうしてみると、敬語への違和感やNG指摘というのは、
「ある時点で、ある世代が感じる感覚の総意」というものなのかもしれません。


でも、やっぱり、由緒と品格とニュアンスのある言葉遣いが消えていくのは嫌だよね(笑)
若い人達には、同世代だけでなく、
年上の人達の話し方や言葉遣いをもっと意識しながら聞いてみて、
素敵な敬語だな、品のある表現だな、と感じたら、
試しにどんどん自分でも使ってみて欲しいです。


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2016.05.26

配達時間には在宅しよう~待たない佐川急便のチャイム~

日中自宅で仕事をしていたら、家の私道にトラックが後退して入ってくる音がして、
「あぁ、昨日、不在票が入っていたワイモバイルのポケットワイファイ新機種の再配送かな」
などと思っていたら、すぐに立ち去ってしまったので、
「なんだ。うちじゃないのか・・・」と思い直して仕事を続けていましたが、
トイレに行こうと思って、階下に降りていくと、玄関にまた不在連絡票が落ちていました。



ええっ、家の中にいたのに・・・


確かに我が家は、二階で仕事をしていると、
階下で鳴るチャイムがほとんど聞こえないのですが、
いやいやいや、それにしても、ひとこと、叫んでくれたら絶対出たのに、
逃げ足?が早いね~、早すぎます~^^


人にも寄ると思いますが、今回の人はちょっとでも居なさそうな雰囲気だと、
全く深追いせずに、瞬時に次に行っちゃったみたいだけど、
二階に居た感じだと、我が家に配達に来たという雰囲気さえ感じられなかったです。
でもあとになって理由がわかりました。
今回の荷物は、本人確認と本人への直接手渡しが必要だったので、
今、出てこられると、何かと面倒で、後にしたかったんでしょうね。
居ないほうが好都合だったのかもしれない(^_^;) 


ですが、たとえそうじゃなくても、最近の配達屋さんは、
家の中に居るのに不在票が落ちていることがすごく多くて、
たぶん、一件一件、立ち止まって、出るまでチャイムを何度か押したり、
大きな声で何回も叫んだりしたら、時間内に配達が終わらないんでしょうね。


ずっと前に、まだ国谷裕子さんがキャスターを務めていた時のクローズアップ現代で、
モノが運べない!?“物流危機” という特集を見て、大変なんだな、と思っていたけど、
翌日、家に配達に来たお兄さんにその話をして、「大変なんですね」と言ったら、
荷物の量が多いのはあまり気にならないが、一番困るのが「人がいないこと」
と、言っていました。


それも、たまたま居ないというのなら、まだ納得もできますが、
時間指定なのに不在、というのが、一番テンション下がるそうです。
で、これがかなり多いそうです。


「じゃ、腹が立つよね」と聞いたら、
「いやぁ、腹が立つというより、ぁぁぁ・・・みたいな感じでがっかりします。」


だよね、普通の配達をこなしがら、特定の人だけその時間帯に配達するためには、
工夫や努力や調整が絶対必要だと思うのに、その結果、「居ない」のではやる気も落ちるわ。


自分が時間指定で頼んだ荷物は、忘れずにメモして在宅してあげないと可愛そうね。
他人に送った荷物なら、指定した時間をきちんと伝えたほうがいいね。


こういうのは、利用するほうも協力してあげないと、みんな、燃え尽きちゃうよ。

2016.05.25

続:マスクを取れ!~要するに流行りのファッションなのかも~

先日、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」(5/23、木村多江さんゲスト)で、
鶴瓶さんが呉服屋さんに上り込んだ時に、
居合わせたその店の若い娘さんに、さりげなく優しい関西アクセントで、
「マスク、取りなさい(笑)」って言っていたことに、思わず反応してしまいました。



私ぐらいの人なら、皆、「そうそうそうそう、人に会うときはマスクを取るもんです」
「顔を隠してお客様をお出迎えするのは失礼ってもんよ。」と思ったかも。



鶴瓶さんはそのあとすぐに、「ほら、取ったほうが可愛いよ」と、
あなたの魅力を見せましょう的なフォローを入れていましたが、
内心はそこじゃなかった気もしている私です。
それとも、TVの見栄え的に、相手がマスクをしているときには、
やんわりと外してもらう働きかけを推奨するような業界の常識があるんでしょうかね。



    *    *    *    *    *    *



若い人がマスクをつけることについては、
「命令するよ?マスクを取れ!(不思議系の新人さん)」と、
「追記「マスクを取れ!」について次男が言ったこと」 の2つの日記で書きましたが、
そのように明示的に教えられたわけでもないのに、
私達の世代(50代)だと、若い人がいつでもマスクを着用していることには、
多くの人が違和感を持つではないかと思います。


私が存じ上げているある食品メーカーの社長さん(60代)は、
視察で東南アジアをひと回りして日本に帰国したときに、
あらためて日本の景色の異様さにびっくりしたそうです。


「アジアのほかの国々では、色んな病気が流行っていても、
誰もマスクなんか付けていないよ。
その国の経済状態や国民性もあるのかもしれないけど、
それにしても、日本に降り立つと、多くの人がマスクを付けていて、
病的に思える。病んでいる国、という印象を強烈に持ってしまう。」
とのこと。
(たぶん、その中には大気汚染が深刻な中国は含まれない?)


で、私もその考えには全く同感なのですが、さきほどちょいと検索などをしていて、
「海外では異様に見える?日本人の「マスク姿」」というNAVERまとめを発見。


それを読んでいたら逆に、こいつは若者特有のファッションなのかも?
という気がしてきました。
まぁ、なんていうか、昔の高校生の腰パンみたいな?(全然違うか(^_^;))


マスクは着用は、欧米でもマスクを付けていると、怪しまれるようで、

ヨーロッパではマスクを付けるという習慣がありません。「マスクを付ける人=入院中の瀕死の重病人」というのが欧米の常識ですから、マスクをしていると、みんな驚いて逃げていきます。



アメリカに派遣した女性記者が在米の通訳にこう言われたエピソードを紹介した。マスクをしていると、「私は重症です。近づかないでください」と誤解されるというのだ。



西欧の国でマスクをして外を歩くとたちまち奇異な目でジロジロ見られてしまいます。「あの人は強盗しようとしているんじゃないか?」とか、「吐息で感染するヤバい病気を持っている」とか、「手術かなにかするの?」と変に誤解されてしまいます。



などというのは、さもありなん、という感じですよね。
NAVERまとめ では、なので当地では付けたくても付けられないという声も。



でも、考えてみたら、これもガラケーと一緒で、
ガラパゴス的に進化発展してしまった日本独自のファッションなのかもしれませんね。


私は東日本の人間ですが、今から何十年も前に親戚のいる大分に遊びにいったら、
老いも若きも白いレースのストッキングを履いている女性が多くて驚きました。
親戚に聞いたら、「こっちは今、みんな、これを履く」とのこと。
確かに当時、白いレースのストッキングは少し流行っていましたけど、
それは若い人達の流行だったので、
おばちゃん、おばあちゃんまで履いていることにびっくりしちゃったのです。


もしかしたら、現在のマスクもそれに似た感じで、
「みんながやっているからなんとなく」という雰囲気で、
一度付けてみて、妙に安心感を覚えちゃった人達が、
流行の中で無意識に選択しているひとつのスタイルなのかもしれません。
(なにやら、伊達マスクという呼び名もあるそうなので)


だとすると、そのうち、「マスクなんてカッコ悪い」という時期も必ずやってきますね。
流行には必ず盛衰があるので、長い目で見てみれば、
あとで振り返って、「あんな時代もあったよね」と笑い話になるのでしょうか。

ここで言えるのは、単なる流行という空気もあるのなら、

私のようなおばちゃんは、「それって変よ?失礼よ?おかしいよ?」と、
もっと強く言ってもいいんじゃないかな?ってこと。


今までは、感染予防が目的とだけ思っていたから、
「マスクを取れ!」「マスクを外せ!」と人に言うのがためらわれていて、
これは多くの同世代が思い悩んでいたことなんですが、
たとえ偏見で頑固と思われても、「マスクのまま人に会うのは失礼よ?」
という、年配世代の価値観を、情報として伝えてあげることは、
若い人達の視野を広げてもらう上でも、いいことだと思うんですよね。


鶴瓶さんの家族に乾杯で、またまたいろんなことを考えてしまいました。






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2016.05.23

泣いた新人さんの涙と切なさ

先週は「命令するよ?マスクを取れ!(不思議系の新人さん)」でご紹介した
高卒の新入女性社員研修の2回目をやりました。



彼女は不思議さんだけど、いい人です。



でも、本当に、話しができないの。
何かを尋ねて、答えが出てくるまでにものすごく時間がかかるし、
単純に、YES/NO だけを言えばいいだけの質問でも、
最初のひとことが出てくるまでに、長い時間を要します。



2日目になってわかったことは、彼女が高校在学中にたくさんの資格を取得していること。
そしてその高校は、地元では評価の高い商業系の高校であること。



だから、決して、頭の悪い人ではないと思うんですよ。
だけど、言葉だけが、どうしても出てこないんだよね。


私はこの2回の研修で、彼女を"アスペさん"とは思いませんでしたが、
パッと聞かれたことにパッと瞬時に答えらえない資質は、
相当に彼女の今までの人生を暗くしているのではないかと想像が付きます。



同席者に一時的に出払ってもらい、
「今は毎日、どういう仕事をしているの?」と尋ねたところ、
そう言ったこともうまく言えずに、彼女は涙を流してしまいました。
そうよね、たぶん、情景として脳裏には浮かぶのに、
それをすぐ言葉にして、タイミングよく第三者に伝えられないんだよね。
その状況に、わかもなく涙が出るんだよね。


でもさ、高校のときにはそれでもよかったけど、仕事になるとそれはとても不利なんだ。
そして、誤解されたり、偏見を持たれたり、真実ではない情報がひとり歩きするんだよ。
だから、あなたの幸せのためにも、トレーニングの必要があるの。ごめんね。


誰もいなくなったので、彼女に聞いてみました。


「今の涙は、悲しい涙?悔しい涙?それとも、私を憎くて恨みに思う涙?」


彼女は、「私を憎くて恨みに思う涙?」のところに来た時だけ、
「それはない」と言うように、大きく首を振りました。
私が意地悪でやっているのではない、ということをわかってもらえたようで、
嬉しい気持ちもありましたが、本当は首を振るだけでなく、
言語で伝えられると、もっといいですよね。
今はできなくても必ずできるようになるから、じっくり練習していきましょう、
と、言いました。



    *    *    *    *    *    *



前回の彼女の研修のあと、彼女がマスクを外さないということについて、
次男が「つけていると安心するんだよ」と言ったことを書きました。
こちらです。→「追記「マスクを取れ!」について次男が言ったこと」



私は次男の話を聞いて、不安で嫌だからマスクをするのではなく、
付けていると心が安定して心地いい、という感覚もあることを知りました。



それを強制的に外させる、というのは、指導のうえでは「有り」だと思うけど、
心地よさを奪われたほうにしてみれば、突然隠し様のない自分をさらされるような、
大きな不安と、尊厳を傷つけられるような思いもあるのかもしれません。



研修の最後に言いました。



「もう、マスク、付けていいよ。」



第三者と向かい合うときには外す。
でも、そうでないときには付けてもいい。
そんな理解を示してあげることが、彼女の「外向き」と「内向き」を分ける発想に繋がり、
スイッチをON/OFFさせるきっかけになればいい、と思います。




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「ラジオ生放送トークの打ち合わせ」考②

前回の記事「ラジオ生放送トークの打ち合わせ」考①」からの続きです。



ゲストを招いての生放送トークでは、
事前にあまり打合せをしないほうが、相手のリアルな息遣いを感じる、
新鮮で深くて興味深いエピソードを引き出せる・・・と、書きましたが、
それは、今までの体験の蓄積でもあります。


通常のラジオ放送は、ちゃんとしていてまともな放送局が、
内容や品質など、色々な面で各番組を仕切っていますが、
私が番組を担当している地域コミュニティFM局なんかは、その限りではなく、
(正確には、やりたいんだけど人手がないからできないのだと思うw)
あまり細部までは手が回らないため、私達のような自主制作者に、
内容の構成も進め方も番組の雰囲気も一任されているところがあります。


というか、私の場合は局の関係者である知人経由のものだったので、
たぶん、それなりに信用されてのことなのだと思いますが、
(私の友人が番組枠を買って自主制作を始めたところ、結構、突っ込みがあったらしい)
いくら事前に説明しても、そういった事情をふむふむと理解できない、
想像力に欠けるゲストの場合は、出演することを大げさにとらえ過ぎて、
(特に頭の固い男性の場合は)(不要と言っているのに)膨大な原稿をつくってきたり、
演説のような口調で話を始めたり、「最後にひとこと、本日の感想をどうぞ」と振ると、
「全国の皆さん(←ちゃうちゃう、うちは地域コミュニティFMでっせ?w)」と呼びかけたり、
まぁ、本当に、笑えちゃうことが満載でした。


それも温かい目で見守ってあげれば済む話なのですが、
準備された原稿を読むことほど、つまらない番組ってないんですよね。
リスナーが、「お?」と思って食いつくのは、そこではなく、
ゲストがふと漏らしたリアルなひとことや、本音や、感情のひだを感じさせるトークですが、
原稿を読まれちゃうと、そういった、人の心を惹きつける情動の機敏が、
ぜーんぶ、そがれて削除されてしまうので、聞いている方は非常につまらない。
なので、そうならないように、
「フリートークの番組です」「コンセプトは初対面同士のカフェのおしゃべり」などと、
何度も事前にお伝えするようになりましたが、逆に今度は、
それだと、ダメな人達もいるので、そのさじ加減がなかなか難しいところですね。


    *    *    *    *    *    *


先日、ゲストで出演してくれたC子さん(40代/女性)は、
番組の生放送前の打ち合わせで初めてお会いする初対面の方でしたが、
ひと目見て、ああぁぁぁ、と思うところがありました。
決して変な顔ではないのですが、「たぶん変わった方なのだろう」ということは、
顔立ちから判断できました。


失礼だとは思うんですが、でも、いったなんでそう思うんでしょうね。
こういうのも人生経験の蓄積なんでしょうかね。


打合せも、かみ合わないというか、なんというか、
たぶん、この方は、アスペさんですね。
猪突猛進で実績は出せますし、ファンもそれなりに多いのですが、
第三者の問いかけに、的確にピンポイントで答えることはできないんですよね。


フォーマットの決まった用紙を見せながら、
一問一答のように、お名前、肩書、団体名、などのデータの部分を聞いているのですが、
もう、濃いロングトークに迷走しちゃって、収拾がつかないよ(笑)


なので自己主張の強い出たがり屋さんか?と思えばそうでもなく、
生放送本番では人並み以上に緊張しすぎて言葉がほとんど出てこないし(汗)、
私は、「あぁ、この人の場合は、事前に伺うことをリストアップすればよかったな」
と、思いました。


ラジオってね、自分が認識している自分自身の価値(自己価値)や、
自己効用感がすごく出ちゃう媒体なんですよ。


どんなに、実績があってそれなりの結果を残せている人でも、
どこかで自信がなく、どこかで他人に胸を張れない深層心理があると、
生放送での本番トークでは、ご本人自身が思い切りフリーズしちゃうんです。


ラジオでは、無音が5秒以上続くと「放送事故」と思われる、というウワサがありますが、
だとすると、前回のオンエアは、その寸前が満載の内容だったかもね(笑)


このあとに、別途、書こうと思っていますが、言葉の発現に至るまでには、
時間がかかる人とそうでない人がいるので、
パッと聞かれて、自分の不利にならないようなことをパッと答えられるならいいけど、
そうでない人は、色々なことを考えて無意識に精査して勘案しているうちに、
時間がどんどん経過してしまうんですよね。


でも、たとえゲストがどんな人であっても、あとで自己嫌悪に陥るような放送や、
出演を後悔するような結果にはしたくないんです。
一般の人にとって、たとえ地域コミュニティFMでもラジオはラジオですし、
できる限りのいい思い出を持ち帰って欲しいですよね。


そのためには、事前打ち合わせは不要なんて思わずに、
相手の資質に合わせた対応が、より一層、求められるのではないかと思いました。


彼女の場合は、もっと細かく、「こういう質問をしますよ?」と事前に予告すれば、
自分なりに準備した回答を話すことができたと思うんです。
たぶん私は、良くも悪くも、回転が速いほうだと思うんですよね。
これが速すぎる人は、その場にじっくりとどまっていることが苦手で、
結果的に集中力散漫になって、人の話を聞きもらしたり、
仕様やマニュアルや取説をよく読まずに大失敗したりするそそっかしさがありますが、
この感覚で人を量ると、相手との資質の差が際立ってしまい、
リズムとテンポのいいコミュニケーションが取れないことがあるので、
今さらながら、自分の心地よさを捨てて相手に合わせることの重要性を、
思い知ったりする今日この頃です。


(つづく)




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2016.05.21

「ラジオ生放送トークの打ち合わせ」考①

ローカルな地域のコミュニティFMで30分番組を担当しています。



その局の方と知人だったことがきっかけですが、
元々はその知人が担当している番組の月一のゲストとして、
ネタに詰まった知人を助ける意味で生放送出演を快諾したのが、
そもそもの始まりです。


その知人から「放送枠がなかなか埋まらないから、
「買う気はないか?」と打診されて、
さすがに自腹は切りたくなかったので、その話をある会に持ちかけ、
その会がお金をだし、自分がパーソナリティを務めながら、
その会の会員さんを、週替わりでゲスト出演していただく、
という企画を1年間続けて来ました。


その企画が終わった時に、またまた「続けませんか?」という打診をもらい、
最終的に大幅なディスカント価格(笑)で、
自分がお金を出して継続することになりました。


だから、すごく何ともないんです。
地域コミュニティFMというのは、(会社にも寄るけど)、
そういった適度な曖昧さやいい加減のところがありますが、
それが逆に、地域密着や融通性につながっているんだと思います。


    *    *    *    *    *    *


番組は19時台にオンエアされる生放送のトーク番組です。
なんつったって、お金(超安い)を出しているのが私なのですから(笑)
私は、自分の好みで、自分の好きな番組をつくっていいわけですが、
一人でしゃべるよりも、ゲストを呼んで雑談を繰り広げたほうが楽なので、
(つくり込んだシナリオなどが不要。風任せの気ままな内容w)
私は毎回、友人・知人に出てもらって適当にしゃべっています。


でも、ラジオって本当に得るものが大きいし、
自分にとっては、ものすごく気づきの多いイベントですね。


最近思うのは、事前の打ち合わせをどこまで深るか?ということです。


同じ経験のある方ならご存じかもしれませんが、
ラジオって実は、打ち合わせが何よりも一番面白いんですよ。
相手が今日話したいことを、一応、事前に聞いてみると、
思わぬエピソードや、絶好調のジョークが飛び出して、
大いに盛り上がるんです。


だがしかし。


本番の生放送でその面白さや興味深さが再現されることはほぼないです。


どんなに、「じゃ、今の話、本番でもしてね。」と言っても、
なぜかゲストは、打合せで盛り上がった通りに話してくれないので、
こちらも絡みようがなくなって、思いのほか、あっさり終わっちゃうことが大半です。


たとえば、あるエピソードを伺いながら、
相手の「こりゃまた、ぶったまげましたね!!」という表現に大笑いしても、
本番では「はい、驚きました」みたいな、
非常につまらない総括的な表現に差し替わってしまうんですよね。


過去で一番ひどかった(笑)話しとしては、
仲のいい友人が高速バスでこちらにやって来て、
遠方からわざわざ出演してくれるというので、
土地勘が全くない彼女のために、
高速バスの降車場まで車で迎えに行ったんですよ。


で、そこから局に着くまでの間の話が最高に可笑しくて、
爆笑に次ぐ爆笑を繰り広げた結果、
そのわずか30分の間にすべてを出し尽くしてしまって、
喋りたいパワーが著しく低下。


そして、本番ではテンションもすっかり落ち着いてしまい、
あの爆笑はなんだったの?というぐらい、
盛り上がりに欠けるオンエアになってしまいました(^_^;)


ラジオの生放送だから、と、必要以上に構えてしまう人、
ラジオだから、正しく常識的な話をしなければいかない、と勝手に思い込んで、
本番では無難でよいこのトークしかしない人、
普段は自己主張の強い出たがりさんなのに、
ラジオになると緊張するのか、想定外に弱っちいキャラになっちゃう人。
ホント、ラジオって、「想定外」の世界です。


そんな中で、私は、事前の打ち合わせがあったほうがいい人と、
ないほうがいい人、の2種類があることに気が付きました。


(つづく)




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2016.05.19

追記「ご紹介は愛」について

昨日、5年前の仕事先から突然電話があり、
「ExcelやWordやPowerPointを教えられる人を知らないか?」
というお尋ねがありました。



その会社は各種学校さんで、
私は5年前にそこから基金訓練の講師(面接対策等)の仕事をもらっていました。


今回もそれに似た、職業訓練の講師を探していて、
資格はあるに越したことはないが、詳しい人で他人にも教えられるなら、
それほど資格の有無は問わない、というお話でした。


えーっと、今、私の周りでPCを人に教えられるぐらいの人っているかな?
居ても、現在仕事をしていない人じゃないと紹介できないよね。


などと思っているうちに、あ!いたいた!
「今は仕事をしていなくてPCに詳しい人」が、自分のすぐ近くに。


その人は、普段から勉強会でお世話になっているTさん(男性/50代後半)です。


定年退職を待たずに、少し早く会社を辞めて、
プロコーチや講師としてひとりで仕事を始めたのですが、
たぶん、今は苦しい時期のはず。


Tさんは、いい人で、私とも非常に気心が知れている間柄なのですが、
実はちょっとクセのあるキャラだし、コーチ/講師としてもまだまだ欠点が多いので、
Tさんに振ってあげられる事案があっても、自分としては少し不安があったため、
今まで、ずっと、紹介せずにいたのです。


でもPCの講師なら、なんとかなる気がします。
元々システム系の出身だし、人に教えた経験もあるし、
PCの講師というなら、持ち前の理屈っぽさも許容範囲でしょう。


私は早速Tさんに電話してこの件を伝え、
自分のかつての仕事先担当者とTさんを繋ぎました。
結果はどうあれ、あとは、二人でやりとりすることになるでしょう。


この件で思ったのは、ご紹介は「お礼をしたい」気持ちでもあるんだな、ということ。


実は会社員時代のTさんは社員研修の窓口だった人で、
私は本当に、そのときのTさんにはお世話になったんです。


だから、いつも恩返ししたい気持ちがありながら、それができずに気になっていて、
最近は、コーチ/講師以外でもTさんをご紹介できる仕事ってないかな?と、
よく考えることがあったんですよね。


一人で仕事をするようになって痛感しましたが、
立ち上がりの時期って、本当に金銭的に苦しいんですよね。
Tさんを見ていると、当時の自分と同じ状況であることが伝わってくるので、
機会があれば・・・と、思う気持ちが、すぐにTさんを思い出させてくれたんですね。


しかし、当時の私もPC系の仕事のご紹介をよくいただきました。
そっちで仕事を始めたわけではありませんが、苦しいので何でもやりましたけど、
今思えば、きっと、その頃の私もコーチ/講師としては未知数で信頼感に欠け、
人材育成は頼めないけど、PC系ならお願いできそう、と思われていたのかもね。


その当時、私に仕事をくださったり、仕事先を紹介してくれた人達は、
皆、ある会の役員活動で知り合った経営者の先輩達でした。
そのときは、さしたる仕事もなかったので、会のために色々なお手伝いができましたが、
その意欲に応えたいと思ってくれたのかもしれません。


してみると、ご紹介は「愛」でもあるけど、「お礼」でもあるんだな。


似た発想で、昨日は、私へのご紹介もありました。


以前、セクハラの件で相談を受けて、奔走したことがあるAさん(40代/女性)です。


そのときにAさんと毎日・毎時間、膨大なメッセージのやりとりをしていたので、
それが結果的に関係性を強化してくれて、
Aさんに「誰か、講師知らない?」とAさんの知人から打診があったときに、
すぐに私を思い出してくれたんでしょうね。


こうしてみると、情けは人のためならず、といいますが、まさに真実だと思います。


そんなことは意識しないでやっていますけど、結果的にそういうことなのでしょう。



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2016.05.18

追記「マスクを取れ!」について次男が言ったこと

先日、「命令するよ?マスクを取れ!」 という記事を書きましたが、
家族で食事をしていた時に、その話をしていたら、
たまたま仕事が休みで、実家に戻って来ていた次男(30代前半)が言いました。



「でもね、お母さん、口元を覆っているとすごく安心するんだよね。」



うちの次男も、ありがちな同世代の価値観とは合わないところに、
妙にこだわるところがある"不思議クン"の一派で(笑)、
そのため、職場で様々な「学習」をして今に至り、
一見無難に仕事しているように見えるものの
(しかも、意外に周囲の評価は高いらしい。ま、色々資格もあるしね)
実情は、思いのほかストレスに弱く、
この日も、おなかの調子が悪いので病院で検査してもらうための有給でした。



口元を覆っているとすごく安心するんだよね。



あぁ、なるほど、そういうことか。



深掘りすれば、何かの精神的な理由にたどり着くのだと思いますが、
要するに、感覚的に心地いいのね。




なるほど・・・



今まで、マスクをしているときの心持ちを話してくれた人がいなかったので、
「自分にはない価値観だなぁ」と思っていましたが、
「安心する」という理由には、すぐに合点がいきました。



そういうことなら、指導を依頼されている人にも、
その表現をつかって、共感と理解を示してあげられますね。
次男からは、いいタイミングでヒントをもらいました。



感覚的に安心する、心地いい、という心情は、
どんな言い訳よりも強力な説得力があると思います。
そう言われれば、誰にでも、
「これがあると安心する」「心が落ち着く」ということがあると思います。


先の新人さんにも、「落ち着くんだよね?」と気持ちに寄り添ってあげることで、
人として相手(私)に受容されている安心感を持って欲しいと思いました。




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命令するよ?マスクを取れ!(不思議系の新人さん)

今日はたったひとりの新入女性社員研修でした。
先輩事務員さんも付き添いで同席したので、
正確には「2名」ですが、中身は完璧な個人指導です。
そしてテーマはビジネスマナーでした。



依頼元の会社さんは建設業ですが、
ホームページもない小さな工事屋さんなので、、
受講者1名なのに、二回に分けて二日間の研修だなんて、
見積りを出すのも恐縮なぐらいで、
「熱心だなぁ・・・」「お金、本当にこの金額でいいのかなぁ・・・」
などと思っていたら、本日、その理由がわかりました。



今年、初めて2人目の事務員さんを採用したというその新人さんが、
「大丈夫かな?」と思うぐらい、暗く無口で自主性が全くありません。



人数が少ないので、私のオフィスに来てもらったのですが、
もぞもぞと挨拶もなく入室してきて、紹介されてもお辞儀もないし、
指示しなければ、いつまでもそこで、のっそりと立っているような感じの人でした。



これでは、「このままではまずい、何とかしないと」と、
社長さんや先輩事務員さんが焦るのもよくわかります。



というか、どうしてこんな雰囲気の高卒女性を採用したんだろう?
と思ってしまいましたが、親戚であるとか、知人の娘さんであるとか、
はたまたご友人に頼み込まれた、など、何かの事情があるのかもしれませんね。
(要するに、こちらがそんな風に思ってしまうぐらいの新人さんということです)



でも私、こういう人、嫌いじゃないんです。得意なんです(笑)



だから、恥ずかしげもなく自分の本音で言っちゃえば、
「頼んだのが私でよかったね」と、心からそう思いました。
こういう方は、品格を重んじる大企業が中心の、
普通のマナー講師では対応できないと思います。



    *    *    *    *    *    *



一番気になったのは、とにかく反応がなさすぎることです。
ちょっと振っただけでは、全く答えないし、
名指しで何かを尋ねても、口ごもるだけで明快な意思表示はなく、
それよりもまず、返事が皆無なんですよね。



でもね、こういう人は、動き方がわからないだけなんです。
「こういうときは、こうするものですよ」という教え方をすれば、
言われたことはやるはずなんです。



そうですね、キャラはかなり違いますが、
私の捉え方では、能年玲奈ちゃん的な方だと思います。



いわゆる不思議ちゃんの一種(?)ですが、
こういう人は、指示出しされたことはやるんですよ。
それが、普通ならビビッてしまうようなことでも、
「やりなさい」と言われたら「その通りにやる」。
私は、あまちゃんの、あの、思い切った潔い演技も、
それが根拠ではないかと思っています。



研修をする前までは、普通の新人さんが普通にやって来ると思っていたので、
それに合わせたプログラムを組んでいましたが、
そうとわかれば、私も変わり身が早いです(笑)
この新人さんには、強制力が有効と感じたので、
「臨機応変に」「柔軟に」「その場の状況に応じて」などという言葉は一切やめて、
「こういうときはこうしなさい」みたいなトークで、(言い方はもちろんソフトですよ?)
お客様対応もその場でスクリプトを書いて印刷し、
暗記して、これの通りにやってね、と、言いました。



このときも、PCで作成してすぐに印刷できるので、
自分のオフィスでよかった!と思いました。



この方のような、ある意味、不思議ちゃん系の方は、
「挨拶する」「確認する」「部屋にご案内する」といった、
総括的な表現では動けないんですよね。



「こんにちは」「お待ちしておりました」「社長に確認して来ます(参ります)」
「ご案内いたします」「中にお入りください」「奥の席に座ってお待ちください」
などを、言葉(セリフ)や具体的な行動(ト書き)としてシナリオ化してあげないと、
すぐに対応ができないんです。



その延長で、「今のところは笑ってね」「声を大きくしてね」「立つときは足を閉じてね」
という指示命令的な指導も、とても有効だったので、
新人さんはあっという間に、受答えや態度が改善されて、
先輩事務員さんが、とても喜んでくれました。



    *    *    *    *    *    *



さて、二番目に気になったのがマスクです。



おばちゃんだからかもしれませんが、私はマスクは失礼だと思うほうです。
相手に自分の顔を見せないというのは、警戒心を感じさせますし、
表情もうまく伝わらないので、損だと思います。



もちろん、会社によって、インフルエンザのシーズンなどは、
マスク着用を奨励しているところもありますし(特に教育機関や福祉施設)、
春は本人が花粉症というケースもあります。



ですが、特に理由もないのにマスクをしている場合は、
他人と正面から関わることに不安やストレスを感じていることが多いです。
意味もなくマスクをしている人達のキャラを総合的に考えると、
そういう結論に至らざるを得ないです。
細かいことが気にならず、人好きで前向きな人は、
決して、理由もなくマスクなんてしないですよ。
むしろ、面倒臭がって、風邪の季節でもしないぐらいです(^_^;)



マスクに関しては、色々と正統な考え方もあるため、
常識と分別がある人ほど、手出しができない状態になっていると思いますが、
今回は、はっきりと止めさせた方がいいのではないかと思いました。



何度も言いますが、マスクには様々な考え方があります。
けれど、今後、ストレートでパワフルなおじさん達と付き合っていくにおいて、
私と同世代の感覚を優先し、「マスクNG」の価値観を、
今のうちに教えたほうがいいと思いました。
なので言いました。



「Kさんはマスクをしていますけど、風邪引いているの?」



「・・・」

(横から先輩事務員さんが援護して)
「Kさんは、花粉症なんです。」



「でも、お客様と接するときには取っていますよね?」



「・・・」



「Kさん、聞かれたことに答えるのもマナーですよ?
何か聞かれたら、必ず答えてね。お返事は?」



「はい・・・」



「元気ないよ?さっき声は大きくって言ったよね?
もっと大きな声で返事をしてください。」



「はい。」(お願いしたことは、すぐやる)



「お客様対応するときに顔を隠しているのは失礼です。
これからは、来社のお客様と直接やりとりするときには、
マスクを取ってくださいね。わかった?」



「はい!」(うわっ元気。そしてすぐにマスクを外す)



「オッケー!で、こんにちはって笑ってみて?」



「こんにちは(笑顔)」



「いいですねー!受付の人にニッコリ微笑んでもらうと、
お客さんもうれしいし、すごく安心するものですよ。」



広い意味で、これは強制的な命令なのだと思います。
でもね、こういうことは、同じ社内の人はなかなかできないよね。
そこに外部講師の有益性とアドバンテージがあるのではないかと思うわけ。



今思えば、昔は偏った考えを持っている頑固な上司が一杯いたですよ。
でも、入ったばかりの新人時代はそんなことを察知できるヒマも余裕もなく、
言われたことを言われたままに、素直に従ってきました。



今は、ものわかりが良すぎる時代だと思います。



その背景には、相互理解や共感の必要性がうたわれすぎて、
互いに理解し、認め合わないとダメだ、みたいな感覚や、
「辞められたら困る」みたいな焦燥感に支配されて、
上司や先輩達が、自分達の価値観を発信できずいる現状があります。



でも、不思議クン、不思議ちゃんは、
(悪く言えば)他人の指導を疑わずに真に受けてくれるので、
育てがいのある人材と言えなくもないんですよね。
大化けするかしないかは、指導次第だと思うんです。



職場で一番大事なのは、ルール化されていない部分です。



仕事への取組み姿勢とか、他人への態度とか接し方とか、
就業規則に書かれていないような、主観的なことほど大事なんですよね。



そこをおろそかにしていると、社風自体が変わってくるので、
ときには、上から目線の指示や命令も必要だと思います。



    *    *    *    *    *    *



今日の新人さんがマスクを取らなかった理由もわかりました。
たぶん、ご自身の歯並びが悪いことが、コンプレックスになっているのだと思います。



でも、笑顔を見せるようになった彼女はとてもチャーミング。
そして、相手をほっとさせ、こちらの笑顔も引き出してくれます。



本当に"人は鏡"ですね。



他人に恐怖感のある人ほど、マスクを取って笑顔を見せるべきだと思います。







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2016.05.15

アスペくん、高次くんには言葉少なく事務的で可

昨日は、ある障害支援団体さんの勉強会でした。


身体や精神に障害を持つ方達が仕事に就けるように、
主にPCを使った作業で、訓練を行っている施設で、
利用者は精神系障害の方がほとんどですが、
対応に苦慮する利用者さんが何名かいるらしく、
所長(男性/30代後半)が知人ということもあり、
以前から相談をされていたものです。



今回はいわゆる研修という形ではなく、打合せテーブルにみんなで集まり、
会話の練習をしたり、意見を出し合ったりするもので、
私の役割は、講師というよりはファシリテーターに近いです。


お話を伺うと、最近皆さんが一番困っているのが、
バクさん(男性/20代後半/仮名)という利用者の方への対応で、
作業を指示しても一向にやらない、気が付くと別な作業をやっている、
特例子会社に就職したい希望なので、それに沿ったプランを組んでいるのに、
別な利用者別が取り組んでいる別の作業に目移りして、
「自分もあれがやりたい」とすぐに言いだし、一向にやる気が見られず、
かつ、通所してから半年以上になるのに、スキルの向上も全く見られない、
というものでした。


そして、そういったことよりも、まず、
何を言っても、屁理屈や鋭い質問を返され、
こちらの指示に耳を傾ける様子もなく、
会話があらぬ方向に、どんどん展開していってしまい、
うまくコミュニケーションが取れない、という声が多数挙がりました。


なるほど。


その方の障害は、脳卒中による軽い半身麻痺ということでしたが、
お話をうかがっていると、元々アスペルガーなどの発達障害があるとか、
脳卒中の後遺症として高次機能障害などのハンディキャップもありそうな気がします。
スタッフの皆さんも一致した考えでした。


このブログでは過去に、
発達障害(そのうちのアスペルガー)に関して多くの日記を書いていますが、
今の私としては、医療機関の認定があってもなくても、
そして、障害というハンディキャップがあろうがなかろうが、
「周囲とうまく意思疎通がはかれない」という一点に焦点を絞れば、
接し方にアイデアと工夫が必要なのは、皆同じだと思うんですよね。


だから、発達障害や高次機能障害も、
医者の診断による障害があるからこう、ないからこう、というのではなく、
現実に現れる特徴や行動傾向だけを見据えて、
どんな思考でそうなるのか?をよく考え、ポイントをうまくとらえていけば、
対応も可能だと思うんです。
それが可能になって初めて、相手を導きながら成長を促していけると思うんです。


俗にアスペと言いますが、
アスペルガー症候群とか自閉症スペクトラム障害と言ってしまうと、
語感が非常に重く、実態とは異なるイメージで受け取られてしまう気がします。
一方、アスペというとどこかに嘲笑的な意味合いを
含んでいるように感じられてしまい、個人的に使いたくない言葉なので、
以後このブログでは愛情を込めて、アスペルガーはアスペクン(アスペさん)、
発達障害は発達クン(発達さん)、高次機能障害は高次クン(高次さん)
と呼ぶことにします。(って、あんまり変わらないか?(^_^;))


    *    *    *    *    *    *


話題のバクさん(男性/20代後半/仮名)と直接会ったことはありません。
ですが、皆さんの話によると、高学歴の方のようで、
理数系の理論派であるため、意外なことを大変詳しく知っていたり、
人の話の矛盾を突くのが非常にうまく、
誰もがついタジタジとなってしまう、ということでした。


私は早速、リアルなロープレを提案し、
スタッフの中で一番バクさんのマネがウマイというA子さんを指名し、
A子さんにバクさんの役になってもらい、皆さんに普段のやりとりを再現してもらいました。
それを動画に撮ってその場で再生し、皆で意見を述べ合いました。


一番私が痛切に感じた改善点は、
どの人も、言葉とアクションが多すぎる、ということでした。
福祉施設のスタッフさんなので、優しく親身に話しかける女性が多く、
それは相手を思いやってのことなのですが、
それが逆に、アスペクンや高次クンの思考を停止させてしまうことがあるんです。


たとえばExcelの課題に取り組んで欲しいのに、
バクさんが勝手に手作り品の制作に没頭していた、とします。
その内容で、ロープレをしてもらうと、あるスタッフの声掛けは、
「バクさん、今ってExcelの課題に取り組んでいるはずの時間だと思うんですけど、
バクさんは今、何をやっているんですか?」
というものでした。


普通の人は、それをひとまとまりの文脈(1の発信、1の結論)とみなしたうえで、
言葉の順番や組み合わせから主旨や意図を瞬間的に感じ取り、
自分の脳内計算機がたたき出した結論を基に、全体に対しての受け答えをしますが、
(この場合は「Excelやってよね」→に対する、承諾、拒否、反論、言い訳など)
アスペクンや高次クンは、その「統合」のプロセスを持てない人がいるので、
「今」「Excel」「課題」「取り組んでいるはず」「時間」などの言葉を、
連携したものとして、捉えられないことがあるんですよね。


極端に言えば、これらの言葉はお互いに何の関係もない別物で、
それゆえに、ひとつひとつに対して異なる疑問が個々に浮かんでしまうとか、
全体の主旨が全くわからなくなってしまうとか、それで会話がどんどん展開してしまうのでは?


以下は、1回目のロープレの一部です。


バクさん役のAさん
「Excelって就職には必要なんですか?」


スタッフ
「できたほうがかなり有利だと思いますよ。」



あー、ダメダメダメ、そこは間髪おかずに「はい」と言い切らないと!

確かにExcelができなくても就職可能なケースもあるから、
スタッフの表現は正確で、的を得たものですが、
バクさんの質問のストレートな答え「YES/NO」にはなっていません。
「かなり有利」という言い方も、結論を相手に委ねてしまっているので、
場合によっては、「じゃ、必要ではないんですね」と受け取られてしまいます。
(YES/NOを明確にしてないことと、必要と言い切っていないことがその根拠)
アスペクンや高次クンには(たとえ正確じゃなくても)単純明快がベストです。




バクさん役のAさん
「〇〇さんはExcelできるんですか?」


スタッフ
「全部の関数が使えるわけじゃないけど、
普段使うようなものなら、できますよ?」



あー、そこは一発、涼しい顔で「はい」と言い切ろうよ。
今の言い方だと、「できる/できない」が明確じゃないので、
「この人はできないんだ」と思われてしまう可能性があります。
「できない癖に、俺にあれこれ指示出すのか?」と思われるよ?
いや、アスペクンってホント、そういうとこあるんだってば(笑)
(でもそれは、悪意ではなく、ピュアな疑問なのです)


バクさん役のAさん
「(この課題の制限時間は2時間という点に対して)
〇〇さんはこれを2時間でできるんですか?」


スタッフ
「うーん・・・・これと同じものを実際にやったことがないけど、
やればたぶん、30分で終わると思います。」



あー、余計なことを言い過ぎ(笑)!

「はい、できます。30分で仕上げます」の即答でいいんじゃない?
余計なことを言うと、またそこを突っ込まれて、
会話がどんどん本題から外れちゃうよ?
定型の人とは感覚が違うことを理解してあげないとね。
この問いに対しては、スタッフの方も多少自信のなさがあったのだと思いますが、
その心情が相手に対して、スキを与えてしまいます。
この場合は、事実として正しいことを伝えるのが目的ではなく、
バクさんにExcelの課題をやってもらうことが目的なのですから、
実際とは違っていても(たとえ少々のウソでも)、一発回答がいいよね。


バクさん役のAさん
「2時間という時間は、どうして2時間なんですか?」


スタッフ
「・・・(一瞬、言葉に詰まる。そして)
本当はこのぐらいのレベルだと30分で仕上げられる課題なんですが、
バクさんはまだ始めたばかりの初心者なので、
少し時間を多めにとって2時間でお願いしています。」



あはは、いやー、苦しい説明だね(笑)(≧∇≦) 
そして30分の説明にはなっているけど、なぜ2時間?の論理的な説明にはなっていませんねw
ですが意外なことに、アスペクンや高次クンには「ルールですから」だけで、イケたりします。
その先に言及が及んで「誰が決めたんですか?」「何が根拠ですか?」と展開することは、
なぜか少ないように思います。
「これはこういうものだ」という断定的な言い方は、一般社会では不興を買いがちですが、
アスペクン、高次クンにとっては、わかりやすく受け入れやすい説明のようなのです。
だからやっぱり、支援者は思考と発想を、常識の真逆にしていかないと、
上手くいかないときがあるんですよね。


そうお伝えすると、皆さんのほうからアイデアが出てきました。
お、これは、いい感じの流れですね。こういう自主的な発言を待っていたのです。
アイデアは「所長が決めた」ではダメですか?というものでした。
いいですね。彼らは権威に弱いので(笑) 一目置いている上の人が決めたというなら、
納得しやすいはずです。そこに反論される可能性は低いと感じます。





バクさん役のAさん
「でも今、これやっているんです。これがまだ終わらないんです。」


スタッフ
「そうなんですか。あとどれぐらいで終わるんですか?」


バクさん役のAさん
「まだまだかかりそうなんですが・・・
Excelってやっぱりやらないとダメなものなんですか?」




ここで、それを見ていた所長(男性/30代後半)が横からひとこと。
「もういいから、そういうときは途中でさっさと終わらせて。
で、Excelの課題をやらせていいから。」


肝心のことを、ズバっと言わないスタッフの方の言い方に、
段々、イライラしてきたんでしょうね。


ですがこの件は、あとで女性陣から説明がありました。
そんなときは、どうしたらよいか、再三、指示を仰いでいたのに、
今まできちんと答えてもらったことがなかった、だから毎回迷っていた、とのこと。
なるほど、であれば、効果的な会話を実践するためには、
所長さんが接し方の方針を明確にすることも必要ですね。


話しを元に戻すと、全体の傾向としてどの人も回り道の表現や言葉数が多く、
しかも、身ぶり手ぶりを踏まえて親身に説明をしているのですが、
加えて言えば、そういった多過ぎるアクションも、
アスペクンや高次クンの注意をそらす原因となるため、控えたほうがよいと思います。
ポイントは何事も「ひとまとまりとして捉えない」と思えば、わかりやすいかな。


    *    *    *    *    *    *


Take2 トライアル編。
今まで書いてきたようなことを皆さんに伝えて、
それを実際にやって試してもらいます。


バクさん役のAさん
「Excelって就職には必要なんですか?」


スタッフ
「(即答)はい、必要です。」


バクさん役のAさん
「〇〇さんはExcel、できるんですか?」


スタッフ
「(即答)できますよ?」



バクさん役のAさん
「(この課題の制限時間は2時間という点に対して)
〇〇さんはこれを2時間でできるんですか?」


スタッフ
「(即答)もちろんできます。」


バクさん役のAさん
「2時間という時間は、どうして2時間なんですか?」


スタッフ
「(即答)所長が決めました。」



バクさん役のAさん
「でも今、これやっているんです。これがまだ終わらないんです。」


スタッフ
「バクさん、今はExcel訓練の時間ですよ。
すぐにそれをやめてExcelをやってください。」



バクさん役のAさん
「でも、これが・・・」


スタッフ
「バクさん、Excelをやってください。」


バクさん役のAさん
「・・・・はい。・・・(渋々)わかりました。(手に持っていた手作り品を置く)」



はい、終了~(なぜか、一同、拍手w)


(でも、いつもこううまく行くとは限らないけどね^^)


バクさん役を本人そのままに超リアルに演じてくれたAさんが言いました。
「すごい、なんか、いまのだと、何も言えないんですよ。
付け入るすきがないって言うか、Aさんのマネをしてあれこれ言おうと思ったけど、
まったく何も浮かんでこなくて、最後まで、それができませんでした。」


この感想には私もびっくり。なるほど。
となると、バクさんは、誰かを論破しようと思って屁理屈や突っ込みを入れるのではなく、
(彼にとっては不要な)言葉のひとつひとつを疑問に持ち、
単純に意味の確認をしているだけなのかもしれません。


あ、そうそう、アスペクンや高次クンは、
遠慮なく他人の弱みに切り込んでくるような言い方をすることがありますが、
そこで、「私を言い負かそうとしている」とか、「自分を攻撃している」「嫌われている」などは
あまり思わないほうがいいですよ。彼らはそこまで考えていません。
他人に言動の裏にある何かの感情を察して、こちらも負の感情を持ってしまうのは、
彼らにとってみれば、定型者の悪い癖であり、意思疎通を阻害する原因でもあります。




さて、後半掲載したTake2の会話は、一般社会では無味乾燥でそっけなく、
上から目線で高圧的だし、事務的で冷たいという評価になってしまいますが、
こういった言い方のほうが、アスペクンや高次クンには「人にやさしい」伝え方だったりします。


ここまでの文章で紹介しませんでしたが、ロープレの会話の一部で、
「Excelが終わったら、自分で必ず間違いをチェックして見直して、
大丈夫そうだったら、シートに記入して私に報告した後に、
所長から次の指示を受けてください」というトークも気になりました。
その指示出しはNGですね。それだと、言われたことがひとつもできないかも。


誤解を恐れずに言えば、アスペクン、高次クンは、
メモリの少ないパソコンのようなところがあり、、
次々と生まれては消えてしまう音声情報を、
同時進行でリアルタイムに追うのが難しいため、
ときにパケ落ちやフリーズが生じます^^
(個人差が大きいところですが。人に寄ります)


だから、ひとつの文章に含ませる指示は、ひとつだけのほうがわかりやすいようです。
通常は、流れを説明されたほうが、自分の今からの行動を先々まで見通せるので、
イメージしやすいのですが、アスペクン、高次クンは、「ひとまとまり」が苦手なので、
こまめに区切って頼まないと、こちらが意図した通りには動いてくれないんですよね。
その分、指導・育成には時間と手間がかかりますが、うまく付き合えば必ず、
いい才能を発揮してくれると確信します。


私は自分で撮った動画類の編集を、
ある発達障害(アスペルガー)の男の子に外注していますが、
作業が速いし、性格だし、それに記憶力が抜群によく、
私が伝える指示内容を理解さえすれば、メモを取らなくても確実に再現してくれます。


この経験があるから確信できるんですよね。
アスペクン、高次クンとの接し方に困惑している方の、
ヒントになれば、幸いです。



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2016.05.13

ご紹介に至っても、至らなくても愛!

今日は、広報コンサルとしてお手伝いをしている、
ある会社さんとのミーティングでした。


帰り際、その会社の社長さんで知人でもあるAさんが、
「あ・・・」と、私を呼び止めました。



「うちの取引先でBという印刷会社があるんですが、
ぷらたなすさんも、たぶん、ご存じのとおり、
最近、代替わりして社長が変わったんですよ。
で、体制引き締めのためにも社員研修を希望しているんですが、
これまたご存じのとおり、あの会社、今、お金ないんですよね。
だから、大手は無理っぽいんですよ。
(ちなみにそこは儲かっているので大手に依頼w)
だったら、『ぷらたなすさんに頼んでみたら?』って、
この前、紹介しておいたんで、万が一、連絡が来たら、
あまり冷たくあしらわずに、いい感じで対応して欲しいんだけど、
それって可能?」



もちろん可能です!!!



私、最近、いろいろ考えて、私のターゲットって、
大手(全国規模)の研修会社やコンサル会社には予算的にお願いできない、
地域の中小の現業ベースの会社さんかな?って思うんですよ。
まさに、それにピッタリのオファーです。



個人的な思いとして、
提供しているコンサル(人材育成)や研修の品質で、
大手に引けを取っている思いは全くありませんが、
大手はやっぱり印刷物などのツール類や、
プログラムのパッケージ化がしっかりしているし、
私という「個人」が、お客さんの悩みや要望を聞きながら、
「じゃ、こんなことしてみませんか?」的に、
脳内計算機でたたき出したアイデアをその場で伝えるような感じだと、
なんとなく、信頼感に欠けると、言いますか・・・ね^^ 
属人的といえば属人的。



首都圏大手から派遣されて来るコンサル/講師と、
地域事情に精通した地元コンサル/講師では、
言葉の共感度や現状へのフィット感、参加者への寄り添い感が、
かなり違うと思いますし、費用対効果でもお得だと思うんですが(笑)
その辺は、クライアントさんの価値観や方針次第ですし、
基本的に好き好きの世界なので、まぁ、いいです。



で、話を戻すと、
ここでお伝えしたかったのは、ご紹介って「愛」だと思うことなんですよね。
加えて言えば、それで、ちっとは相手にいい顔したい優越感だったり、
プライドだったり、尊敬を獲得したい思いだったり。



私は女性ですが、男性経営者と普段からよく接していると、
そんな風に思うことが多いです。



愛といっても、別に不倫するとかそいうことではなく(^_^;)
認めてくれているからこそ、認められたい・・・?みたいな?
そんな無意識の心情なのだと思います。
これはきっと、女性コンサル/講師の優位性かもしれませんね。
だけど、先方にその自覚は全くないと思うので(笑)、
それが男性の愛らしく、チャーミングなところだと思います。



先日も、ある別の仕事先から
「あなたを紹介したい」という打診をいただきました。
でも肝心の紹介先からは、いまだ、連絡が届きません。
なので、今回も、そうなるかもしれません。
私の仕事は、ものをつくるわけではなく、
何かの商品を売るわけでもなく、
緊急性がなければ、仕事なんて、そんなもんです。



でも私、それでもいいと思うんです。
「この人を紹介したい」と思ってもらっただけでもうれしいし、
それに、そういうアクションがあるときは、
相手が私に対して「この人に喜ばれたい」と思っている証ですから。



本日の社長さんは、その話の後に、
「俺からこういう話があったことは内緒にしておいてね」と言いました。



だったら最初から、言わなきゃいいじゃん、と思うのは冷たい考えで、
本当は、私にそれを伝えることで、喜んで欲しいんですよね。
笑って、感謝して、お礼を言われたいんですよね。
要するにいいフリこきたいんですよw
かっこいいとこ、見せたいんですよw
男性って、そういう動物だと思います。可愛いじゃん。



だから、すごく喜んで「ありがとうございます!」って言いました。
少々お芝居ですが(笑)(←悪女)、目をキラキラさせてみました。
ニッコリうれしそうに微笑んでみました(←悪女w)。


もちろん、あんまりあてにはしていないのね。。
でも、こういうことは、よくあるんだな。
男性はね、(たとえ仕事相手でも)特定の女性と仲良くなると、
自分が優位に立ちたくなるんでよーん。
そして「与える」という行為を通して、こころの満足を得たくなる。
そんなもんじゃないですか?


今まで、起業したばかりの駆け出し社長と友達になると、
その人の会社が安定してきたタイミングで、
研修のオーダーをいただくことが多かったんですが、
そういったプロセスなんだと思います。


だから男性担当者を相手にする仕事の人(女性)は、
能力や知識をアピールするのも方法だけど、
ものによっては知らないふりして、教えてもらうのも手だよね。


ほら、よく「モテル女はさしすせそ」、って言うでしょ?


さ・・・さすがですね!
し・・・知らなかった!
す・・・すごいですね!
せ・・・センスいいですね!
そ・・・そうなんだ!


そうやって、自分ではなく、相手の方に、
能力や知識や優位性をひけらかす機会さえ与えておけば、
売上げにつながるかどうかは別にしても(笑)
関係性は飛躍的に向上すると思います。



まだどうなるかわからない相談に対して、
私のことを紹介してくれて、
そのうえ「紹介しといたから」とかいいながら、
「でも、俺がこの話をしたの、向こうに内緒にしておいてね」というのは、
結局、言いたい、以外のなにものでもないよね(笑)



だから、たとえ、ご紹介に至っても、至らなくても、
そう思ってくれたその気持ちを愛だと思って、、
こちらもより一層、もっと貢献したいし、いい結果を出したい、
と、思ったりなんかする私です。



俗に信頼関係と言いますが、
そういうことじゃないかしら、ね。




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2016.05.12

まちづくり活動で評価を得るには

まちづくり活動のお手伝いをしています。
といっても、活動自体に関わるわけではなく、
各団体さんのプレゼンを見て助言や意見を述べる、というだけのもので、
ちょっとだけ、助成金にも絡みがあります。
だから委員会では、お役所の人と一緒に、
事前に提出された資料を見たりします。



メンバーは私以外にも何人かいて、
今は集まると、すっかり顔なじみの感がありますが、
当初は、皆さんがまちづくり活動に詳しい方達ばかりだったので、
私ぐらい「まちづくり」にご縁も関心もない人間が、
仲間に入ってよいものだろうか?などと思いました。



このお手伝いは、まちづくりに熱心な友人から誘われたもので、
「ぷらたなすさんの視点でよいから」などと説得されて、
渋々?引き受けたものですが、やってみるとそれなりに得るものがありますね。



一番感じるのは、多くの団体のプレゼンが下手過ぎ、ということです。
特に、じいちゃんが代表の会は、ダメです。
何がダメかというと、見せ方も目的も、(よくいえば)正直すぎるんです。



「こういう目的でこういう活動をしていて目標はこうである」という説明が、
自分達が思っているそのままで、評価を得るための戦略に欠けるので、
すぐに「目的は地域の冊子を何千部つくって配ることです」とか言っちゃうんですよね。
しかも、えらく真面目で難しそうな顔をして、
胸を張ったりなんかしちゃってね(^_^;)
そうするとすぐ、「それは貴団体の自己満足ではないか?」
という突っ込みが入るのよね。



もちろん、成果物は大事ですが、まちづくりですよ?
まちづくりというのは、地域に活気があって、
住む人が楽しく幸せな毎日をおくるための活動だと思うんです。



で、あれば、たとえ冊子をつくって配りたい!
という思いから始まった活動であっても、
目的は地域の皆さんに焦点を当てたものにすべきですよね。



この冊子を通じて地域の住民が地域の歴史を知り、
地域に愛と誇りを持てるようにすることが目的、とでもいえばいいのに(笑)
もうちょっと、誰もが「それはいい!」と思える言い方できないかな。



また、活動の進め方のプランも、それなりにコツがあって、
ポイントは、連携、巻き込み、仲間づくり、チームワーク、
そして、できるところは自分達で工夫して自分達で行う、
ほどよい手作り感です。



先日は、1000人規模ののど自慢大会で地域を元気にしたい
という活動のエントリーがありました。
でもこれ、出演者は「各自治会長の推薦を予定している」っていうんですよ。
え?じゃ、自治会長にはどうやって頼むの?と思っていたら、
文書と回覧板で頼むっていうんです。



「じゃ、1000人規模というのは?」
「観客です」
「それはどうやって集めるの?」
「それも自治会長に回覧板を回してもらいます」
「じゃ、皆さん(団体)の役割は?」
「会場設営と受付、音響、来賓対応でしょうか?」



そ、そ、それ、まちづくりって、言わないでしょう(笑)



しかも予算を見ると、チケットやポスターの印刷費の割合が大きくて、
しかも、えー、この「のど自慢」有料なんですかっ!!!
誰が買うかい、そんなの。



私が所属している団体でたまに、講師を呼んで講演会を催しますが、
人を1000人集めるというのは、非常に大変だと思います。
私達で企画する講演会は、せいぜい100人が目標ですが、
それだって、仲間ががっちり強いチームワークを組んで、
誰もが同じぐらいの熱さで目標に向かい、
開催前は仕事もそっちのけで必死になって売らないと、
なかなか達成できません。



それを、出演者も自治会任せ、観客も自治会任せというのは、
誰もが疑問に思うところで、委員からは即座にいっせいに突っ込みが(^_^;)



この代表の方は(この方も、おじいちゃんw)自治会歴が長いため、
たぶん、手法としてそういったことしか思いつかなかったのだと思いますが、
まちづくりのプレゼンなのですから、
たとえば地域から広く人を募って実行委員をつくるというなら、
その募集活動を通じて、新たな人間関係ができますよね。
そしてその実行委員が手分けして、地域で地道にPRしていくというなら、
さらに人の輪も広がります。



また、地域の幼稚園や福祉施設、可能なら学校などとも連携して、
何かの発表の場にしてもらう、とか、
会場には地元の農家の農産物や、地域の商店が出店するとか、
多くの他団体と連携しながら、その団体への認知度も高めてあげるなど、
たとえ実現が不透明であっても、
そうやって地域のできるだけ多くの人達にも貢献し、
「のど自慢」開催とそこに至るまでのプロセスを通して、
地域にどういったメリットをが生まれ、活動で何が還元できるか?
その点が十分トークに盛り込まれていれば、
委員たちはみな、ガッテン、ガッテン、と心のガッテンボタンを、
押すのではないかと思います。



だから、結果も大事だけどプロセスも大事、
そして一番大事なのは、すべてにおいて、
地域の人のため、という目線を持ってプランを練る事だと思います。



ちなみに、そのおじいちゃんは、そのときの会でただ一人、
プロジェクターを使わないで話をしました。
ですが、他の団体と異なり、上から目線の演説のようでそれも不利でした。



実は彼は、私の知人なんです。
そして、普段から、「俺は今どきのパソコンや機材はわからないから使わない」
と言っている人でしたが、それも、こだわりの焦点が自分にありますよね。
団体としてプレゼン会で評価を得るためなら、
委員やお役所の人や、他の参加者に、
わかりやすく共感を得やすいプレゼンをすべきだし、
自分が無理なら、スライド作成を他の人に頼むとか、
他の人がプレゼンターになる、とか、工夫も必要だと思うんです。



一緒について来た副会長の女性(これも私の友人)のほうが、
人受けするキャラだし、PCもできるし説明もうまいし、
あとでこっそり、「あれはあなたがやればよかったのに」と言いましたが、
「会長は人に任せられないんですよね」と、笑って言っていました。
そうそう、そのあたりの、自分に客観性がないところや、
「人に任せられない」ところが、今回のプレゼンにはよく出てしまっていたため、
知人の団体は、著しく低評価で、委員からの推薦を獲得できませんでした。



その一方で、やる気のある主婦グループなどはその辺が実にうまく、
手際よい説明や、視覚的にすぐれた提示方法で、
ときに笑いも取りながら、会場全体の評価を、見事にさらっていきます。
目的の説明も、地域との連携プランも、仲間づくりの手法も非常に長けていますが、
それって実は、男女の違いによるものかもしれませんね。
上下関係や相手のとの優劣にあまり価値を置かない女性のほうが、
こういうときには自由な発想で、楽しく豊かな活動を可能にするのかもしれません。



    *    *    *    *    *    *



さて、話しは変わりますが、昨年、遠くの地方都市に住むある友人に、
助成金を受けたいので、プレゼン用の説明文を見て欲しい、
と、言われたことがありました。
内容は、簡単に言えば、引きこもり児童の学習支援活動でした。



メールで文面を送ってもらうと、うーん・・・
なんか、自分達が何をやりたくて、その結果としてどうなるか?
ということばかり細かく書かれているんですが、
私、それ、違う、と思ったの。



だって、お金の出し先はその市でしょ?
であれば、この活動で引きこもり児童がどうなるか?だけでなく、
それがその市にとって、どういうメリットがあるか?まで言及しないと、
市の職員さん達の心を動かすことは、できないんじゃないの?



だから私は「今後の〇〇市を担う有能な人物の輩出可能性を高める」
みたいなことを、必ず文面のどこかに入れろ、と言いました。
彼女は、なるほど、と言って従ってくれました。



ですが、残念ながら、審査は落ちたそうです。
でも彼女は言いました。



「私の説明の時に、市の職員で寝ている人もいました。
でも、ぷらたなすさんが入れ知恵してくれた、
”〇〇市から有能な人物を輩出”のところでは、
皆、起きて聞いていました!」



だそうです(笑)



まちづくりにせよ、何にせよ、
自分達の活動を第三者にプレゼンしなければいけないときは、
自分の価値、だけではなく、相手の価値、も大事ですよね。
こんなにいい活動をしているので自分達を評価してね、という姿勢ではなく、
あなたの(または地域の)ために、私達はこんなことを実現したい、
という相手の利益にそった熱いトークが必要なのではないでしょうか。



先のプレゼン会では、たった一人でやってきて、
その熱意と活動のオリジナリティと、本人の素朴でユニークなキャラクターで、
圧倒的な高得点をかっさらっていた若者がおりました。
プランも計画書も、突っ込みどころはそれなりにありますが、
何よりも、会場を動かしたのはその熱さでした。
若いっていいですね。




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2016.05.09

「すみません」は自分のため、「ありがとう」はあなたのため

連続記事「隣席の困った彼女をクリアせよ」の小早川さんから、
先ほど、メッセージが届きました。



会社の女子トイレで、用が済んだあとに流さない人がいるので、
「女子宛にメールしてもよいか?」という相談でした。



"用が済んでも流さない人"というのは、たぶん例のあの人だと思います。
小早川さんは、普段は地味で控えめなお母さんというキャラですが、
実際は、芯が強く、真面目で正義感の強い人なので、
物事があるべき正しい姿になっていないと、すごく気になるし、
悪く言ってもいいのなら、その当事者に対して攻撃的なコンタクトを取りがちです。



私は小早川さんとは、ミステーク仲間(お互いにうっかりミスが多いw)で、
気心が知れていて話しやすく、(たぶん)お互いに認め合っている仲だと思っていますが、
昨年入社した小早川さんが、現状、社内で
自分なりの立ち位置を確立できているかと言えば、答えはNOだと思うんですよね。



それは小早川さんの"大手企業での職歴"から派生している正義感に由来するもので、
大手ではそれが当たり前でも、地場の中小零細企業では通用しないことも多いんです。
ですが、決して間違っているわけではない小早川さんの疑問や主張が、
ときに周囲と軋轢を生むことがあって、その辺の進め方を前から危惧していました。



いかに地元の中小零細企業と言えども、その会社の人達にとっては、
長く業界で働いてきた知恵とノウハウとプライドがあるので、
昨年入社して、しかも、他の社員達とは一線を画す特別なポジションの新参者に、
自分達の現状のスタイルを、あれこれ言われたくないし、
いきなり、「これっておかしくないですか?」と頭ごなしに言われたら、
たとえ100%、小早川さんの言い分が正しかったとしても、
人情的に考えてみれば、そりゃぁ、角も立つってもんでしょう(^_^;)



だから私は、「いきなり女子社員にメール?それは止めときなさい」と言いました。
それよりも、Aさん(女子社員)、Bさん(女子社員)、Cさん(女子社員)、Dさん(女子社員)
の中から、一番話しやすそうな人を選んで、今、私にメッセージくれたような内容を、
こっそりひそかに相談してみなさい(半ば命令(笑))と言いました。



たぶん彼女って、仲間づくりや取り込みが下手なんですよね。
でも、その辺のピュアな一途さが、私の好きなところでもあるんですが。



    *    *    *    *    *    *



で、気になったのはそのあとです。



「やってみます」の返信の後に続くメッセージが、
「すみません」「恐縮です」「申し訳ありません」のオンパレードだったので、
ここは逆に突っ込みどころかな?と思って言いました。(実際にはメッセージ返信)
もちろん、私に配慮して言って下さったのは十分承知していますが、
「謝る」という行為を通しての信頼関係の維持は、まだ少し効果が弱いと思うのね。



「小早川さん、そんなに謝られても、私、全然うれしくないよ。
むしろ、相手を恐縮させてしまって、申し訳ない、と、こっちが思ってウジウジしちゃう。
できれば、(ウソでもいいから(笑))キラキラした感じで、
『ありがとうございます』って目を輝かせて言ってほしい。
人って、自分が誰かの役に立ったと思える瞬間が一番うれしいんですよ。
だからあんまり下手に出ないで、「すみません」と言う言葉は、
今から全部、「ありがとうございます」に切り替えなさい」って。



そう。そうなのよ。



私は、この言葉の使い分けって大事だと思うんです。



私がある人からもらった日めくりカレンダーに、
「遠慮は上品な強情」という文句があるんですけど(2015年版の「6日」のことば)
まさにその通りだと思うんですよね。
"低姿勢"の半分ぐらいは、「相手に嫌われたくない」という自分の"我"なんですよ。



私は自分自身が「すみません」と相手に述べるときの心情を考えてみると、
一番はやっぱり「申し訳ない」という思いですが、その一方、心のどこかで、
「お詫びの気持ちを伝えておかないと、今後、まずいだろう?」という思いがあります。



でも、それって誰のため?と突き詰めてよく考えると、
どこかに、自分の保身や相手との関係性の維持や、他者からの突っ込み防止など、
様々な自己都合が見え隠れするんですよね。



ですが、そんな私でも、無償で相手にしてあげたことが、
相手の役に立って、相手も喜んでくれて、相手の何かに貢献できたというのなら、
それはやっぱり、すごくうれしい。



ならば、客観的に見て役に立っても立たなくても、
第三者から何かをしてもらったときには、明るく元気に幸せそうに、
「ありがとうございます!」と述べるのが、
一番、相手の気持ちに響くのではないかと思います。



それは、自分のために何かしてくれた人への言葉の贈り物なの。
恐縮よりも感謝のほうが、もらってうれしいものでしょ?
だったら私は、相手がもらってうれしいと思う言葉をプレゼントしたいよね。



だから、「あんたもそうしなさい」 と、小早川さんには言いました(笑)
いいんです。子分には親分としての強制力もまたには必要ですから(笑)



彼女は見かけよりも頑固な人ですが、本当にそれを実行できたら、
彼女の周りの職場環境が少しずつ変わっていくと思うんですよね。



「すみません」は自分のため、
「ありがとう」は相手のため、ですよ。



突っ込みどころ満載の極論だとは思いますが、、人とうまくやっていくには、
そのぐらいの気持ちでいたほうが、絶対にいいと思います。




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2016.05.08

神様にお願いする気持ちを忘れていたよ

先日、(本人いわく)「しがない小さなパスタ屋」をやっている若い男性経営者の方から、
興味深い話を伺いました。
若いと言っても40代後半ですが、ま、50代半ばの私よりは若いので、その辺はごめんね。



で、彼の話によると、
「俺は今でこそ(本人いわく)「しがない小さなパスタ屋」だが、
一時期、歓楽街でブイブイ言わせるぐらいのお金があった」そうです。



「オレ、ヒッチハイクで世界中を旅するのが好きで、
あと、まだ一般に普及していない時代からインターネットはやっていたんですが、
(当時。今から約10数年前)イギリスに居たときに、現地の情報をネット発信していたら、
そういうことは、まだ、誰もやっていなかったみたいで、これがやたら受けたんですよ。
で、現地の面白い学校や、格安で留学できる情報なんかを発信しているうちに、
これがビジネスになりそうだと思って、現地(英国)で会社をつくったんですよね。」



へぇ~、そりゃすごいわ、そんなの自分には夢のまた夢だ。



「だけどそんときの儲けは、すべてクラブ活動(歓楽街)につぎ込んでしまって、
今はもう何もないんですけどね(笑)
でもオレ、その2か月前までは、金がなくて、倉庫で寝袋で暮らしていたんですよ。
イギリスの冬ってメチャメチャ寒いんですけど、そんな暮らしを続けたあとに、
日に何十万も入金される世界ですからね、そりゃ調子にも乗りますわ。」



「オレ、まだ海外留学が今ほど一般的じゃなかったときに、
絶対に審査が通る各種申請の書き方や見本をPDFにしてネット販売もしたんですけど、
それが売れに売れて、突然、バーンと400万円の入金!みたいな?
それを買ってくれるのが、著名大学からの経費購入だったりして、
オレ、そんときは、怖いものなし、みたいな感覚だったですもんね。
でもしょせんあぶく銭なんで、クラブ活動で使い果たしちゃったですけど^^」


あはは、そうなんだ(笑)
いや、笑いごとじゃないけど、男性の”自分が自分であること”
つまりアイデンテティの確立と自覚に、女の子という要素は必須よね。
意識してもしなくても、男の自己効用感というのは、
「惚れられてなんぼ」「モテてなんぼ」「ケアされてなんぼ」
「お世話をしてくれる女性がいてなんぼ」の世界なので、
「オレってイケてる」という手ごたえのある実感を得るために、夜の世界に突入するのは、
数多くの男子を見ていると、自然な流れのような気もします。
そしてこれって、状況は違っていても、
夫婦関係や親子関係でも、意外に重要なのではないかと思います。


おっと、本題から外れてしまいましたね^^


テーマを元に戻すと、ここで私が彼の話から感じたのは、
深慮遠謀による策略というのではなく、
「やってみたら、たまたまうまくいった、大当たりした」みたいな、
場当たり的な偶然の妙や、あまり物事を深く考えない身軽さです。


もちろん本当は、心底、食うに困って
虎視眈々と何かの機会を狙っていたのかもしれません。
あるいは、失敗に終わった作戦も山のようにあるのかもしれません(言わないだけ)。
そして彼自身の優れた嗅覚というのもあるでしょう。


ですが、様々な"男のプライド"で、言わなかった事実があるにせよ、
彼のその後の話しぶりからも伝わってくるのは、やはり"偶然の妙"なんですよね。


私は彼の話を聞いていて、ふと、一人で仕事を始めた頃の自分を思い出しました。


あの頃は、蓄えも仕事の目途も一切何もないまま会社を辞めてしまったので、
案の定、あっという間に行き詰まり、最終的に司法書士さんのお世話になり、
債務の任意整理をして、お蔭で私は今も"ブラック"でローンを組めない身分なのですが、
それでも根拠のない希望だけは、常に心から消えることがなく、
いつか自分も、絶対、必ず、Good Luckが訪れるはず、と確信していました。


結果的にそれは現実となり、
あるご縁から、この先1年は日々の心配をしなくてもよい年間契約をいただき、
債務整理の返済の目途もついて、それが自分の大きな転機となったのですが、
フリーランスを続けていると、そういうことって、よくあるんです。
Good Luckは思いもかけぬタイミングで、思いもかけぬ人から、
突然、降ってわいたように、ドカンと自分に訪れるんですよね。
(最近も、似たようなことがありました)


だから独立当時の私は、いつもその日を心待ちにしていて、
今日はダメでも明日がある、明日がダメでもあさってがあるさ、といった風に、
希望の炎を絶やさず保ち続けながら、1日1日を過ごしてきた気がします。


ですが最近の自分を振り返ってみると、
何もかも、自分一人の能力や裁量で乗り越えようとしている自分がいて、
この、空回りしている変なシャカリキ感が、私の可能性を狭くしているのではないか?
と気が付き、ハッとさせられました。
そして、またあの頃のように、どこかから降ってわいたように訪れる、
Good Luckを待ち望んでみるのも、方法かな、と思いました。


"神頼み"という言葉は、一部の方には語弊があると思いますが、
世の中の全体意思(つまるところの”神様”)との交流って大事だと思うんです。
別に、アダルトチルドレンのように、
スピリチュアルなあれこれに魂を傾倒するというわけではないのですが、
自分ではコントロールできない"何か"に判断や結末を委ねてみる気持ちって、
そこそこ必要だと思うんですよね。


自分ではコントロールできない"何か"というのは、
先日読んだ生命(いのち)の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき
村上和雄筑波大学名誉教授によるところの"サムシング・グレート"(偉大なる何か)です。


パーソナリティ理論のクロニンジャー氏も言ってますけど、
もって生まれた自分の気質を変えるには
(1)自己志向性 (目的意識)
(2)協調性   (社会とのつながり意識)
(3)自己超越性 (自分を超えた宇宙とのつながり意識)を
先天的な気質よりも上位に持っていく(たぶん、そんな意味。個人的読解w)
ことが、いいらしいのですが、ここでも自己超越性という項目が入っています。


私はある時期(会社員時代)まで、「スピリチュアルなんて、くそ食らえ」
みたいに、目に見えない何かを信奉するような考えを毛嫌いしていたのですが、
遺伝子に関わるような医学系の研究者が、
最終的には、そちらを重視する姿勢に変わっていくケースを幾つか見るにつけて、
科学の人ほど、そういった方向に寄らざるを得ない現実を、
研究を通して、目の当たりに実感していくのかな?などと思ったりします。


何はともあれ、最近すっかり忘れていた、
「神様からのサプライズを待つ気持ち」。
(いい意味で)先の見えない夢を追っていく感覚が、
最近の自分に欠けていたかもしれない、と思いました。


そうよね、世の中はどう転ぶかわからないものね。

突然に訪れる何かの転機を期待しつつ仕事するのも、ひとつの方法だし、
この頃はほとんど忘れていた、神様(というか、サムシング・グレート?)
の存在を思い出し、信じてみるのもいいかな、と思いました。




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ムッとするけどこういう人が成功するんだと思う

先日は、ある人を囲んだ懇親会でした。
その中に、最近、本を出版した若い女性のAさんがいました。
若いと言っても、お子さんがいらっしゃる40代前半の方ですが、
20代に見えないこともないぐらいの(本当です)、愛らしくチャーミングな人です。
以前から、そこそこの知り合いでしたが、
今まで直接、1対1で言葉を交わしたことはありませんでした。



彼女が出した本と言うのは、美容業界で独立起業するためのノウハウなのですが、
あいにく私は、「美容」に全く興味がないため、
本を出したと聞いても、特に大きな関心はなく、
それよりも、なんとなく自分とは合わないキャラの人だな、と思っていたこともあって、
当然、本は買っていないし、ネットで見るなどもしていないし、
要するに、どっかの誰かがなんかやってるなー、ぐらいの、
他人事のような感覚で見ていました。


ところがその日は、席が隣同士だったため、
話しかけないわけにもいかず、
「いやいや参ったな、私と、この人の共通の話題なんてなにもないよ~(汗)」
と思いながらも、一応、「ご出版おめでとうございます」と、
仕方なく(笑)お祝いの言葉を伝えてみました。


でも、「ちょっと好かない感じの人だな」と思う人は、
どこまで行っても「好かない」もので(笑)、妙に会話が続きません。


ま、一個人にとって相性が悪い人というのは世の中にたくさんいるので、
そういう人は、関わらなければいいし、放って置くのが一番ですが、
「本を出している」という立派な実績を持つ人の話には、
それなりのヒントもあるはずなので、最初から「好かない」と思って、
心を閉ざしてしまうと、得られる情報も得られなくなる、というのが自分の考えです。


以前、同じような状況だったときに、反発したい気持ちを押さえて、
この時間が自分のメリットになるような話の聞き方をしてみようと切り替えた瞬間から、
相手の話でどんどん自分なりのアイデアが浮かんできたので、
「この人は合わない」と思っている自分の気持ちを自覚したら、
敢えて心を開放するほうに持っていくのもトレーニングだと思うんですよね。


とはいえ、「好かない人」は、やっぱり「好かない人」だった(爆笑)。


「どうして自分のサロンを開こうと思ったんですか?」(私)


「それは、元々私が美容部員だったからです。」(Aさん)


「そうだったんですか。では、どうして美容部員になろうと思ったんですか?」(私)


「え、サロンの話じゃないんですか?サロンの話はそれで終わりですか?
もういいんですか?そっちはこれ以上、聞きたくないってことですか?」(Aさん)


いや、そういうつもりで質問したんじゃないんですが、
美容にあまり関心がない私にとっては、
業界の人が、どういった気持ちやプロセスでその仕事に就くのか?といった、
根本的な個人ヒストリーのほうが、よっぽど興味があるわけよ。
そこに納得できる答えが得られたら、
今以上に共感してあげられるし、話も弾むと思ったわけ。
なのに、その切り換えしはないよね(^_^;) だがしかし、相手は間違っていないw
向こうは今のサロンの話を聞いてほしい、そっちを話したかったんだろうな。
でもほぼ初対面に近い会話で、いきなりこの突っ込み(思い切り批判的)かよ・・・


---(中略)---


「もうそのときは給料が安い今の会社では暮らして行けず、
辞めて一人でやるしかない、と思いました。」(Aさん)


「あぁ、わかります!私もそういう苦しい時期があって、何でもやろうと思いました。
お金がもらえるなら工事現場でも交通整理でもなんでもいいと思って、
実際に倉庫作業などで収入を得ていたこともあったし。」(私)


「工事現場や交通整理って(嘲笑)・・・ぷらたなすさん、それじゃお金は稼げませんよね。
はっきり言って、工事現場じゃお金持ちにはなれないです。(キッパリ)
お金を得るために工事現場って、その発想は変ですよね、違いますか?」(Aさん)


えっ、そこですか!話しには「もののたとえ」ちゅうもんがあるじゃないのさ。
軽い気持ちで話したのに、突然のジャブに、内心、ムッとするぷらたなす。
だがしかし、相手の言い分は間違いではない。
でも初対面に近い会話の出だしで、いきなりこの突っ込み(まさかのダメ出し)かよ・・・


---(中略)---


「で、そのあと、どうされたんですか?」(私)


「(ちょっとムッとして)その辺のことは、全部、本に書いてあります。
私の本、読んでないですよね?知りたければ読んでください。」(Aさん)


「(ヤバい、読んでない^^)あ、すみません。
美容にはあまり関心がなかったので・・・(弱気の言い訳w)」


「美容のことなんて書いていません!
私の本は起業について(←強調)書いているんです。」


一事が万事こんな風なので、何を話しても思わぬ反応で、
しゃべっていてもちっとも楽しくなかったんですが、
思いは伝わると言いますから、
たぶん、向こうも私のことを、以前からいけ好かないヤツと思っていて、
その結果として、この会話だったのだと思いますね(笑)


話してみてわかるのは、この人のお話は事実ベースですごくストレート。
比喩やジョークであっても、歯に衣着せぬトークで、
おかしいものはおかしいと言い、ダメなものはダメという。
それが単に楽しく世間話をしたいだけの人にとっては、
気持ちを逆なでされるような内容だったとしても、
実績を上げている美容業界の女性には、こういうタイプの人も多いので、
よくいえば、そのあたりのブレないシンプルな思いの強さや、
衆目の目を一切気にせず、目的に向かって迷わず一直線にばく進する感じが、
きっと、成功の秘訣なんだと、またまた思ってしまいました。


自分と同業の人でも、華々しく成果を上げているような人には変わった人が多く、
内輪での人物評価は最悪で、悪くいう仲間も多数いるんですが、
対外的には結構人気があって、マスコミなどにもたまに顔を出している・・・
みたいな人が一人や二人ではありません。
つまり起業して実績をあげていくことと、「周囲の人とうまくやる」というスキルは、
全く別物と、捉えたほうがいいケースも多いのだと実感します。


「周囲の人とうまくやる」あるいは「仲間で活動に参加する」「他人を敵に回さない工夫」
などは、目標を立ててカツカツとビジネスを進めるうえで邪魔になったり、
ときには、無駄なことに余計なエネルギーを注ぐ結果にもなるんだろうな。
アスペルガー的な人が成功する所以も、その辺にあるのだと思います。
その意味で、目標達成にだけピュアに一途に取り組めるという気質は、
自分にはないものだし、何かと寄り道と無駄と邪念の多い私にとっては、
見習うべき事柄なのでしょう。



でも、私の場合は、個人ではなく、法人さんが相手だしなぁ・・・
お話をしてみて、ヒントにはなりましたが、
今から美容系で起業したい個人(主に女性)を相手にする場合と、
会社という人数が複数いる組織の経営者や
その人事担当者(現状は主に男性)を相手にする場合とでは、
やはり、事情が異なると思うんですよね。
だから彼女のやり方がすべていい、というわけではなく、
その中から、法人相手でも使えるエッセンスだけを、
自分に取り込んでいけばいいのだと思います。


    *    *    *    *    *    *


彼女が参加することが事前にわかっていたのに、
書評も読まずに、いきなり本の内容に触れるようなことを尋ねた私も、
今となってみれば、失礼と言えば確かに失礼ですよね。


これがもし、かねてから好感を持っている人だったなら、
必ず、事前に一通りの情報を確認してから出かけたはずです。
だから人の行動というのは、自分が意識するしないに関わらず、
ものすごく感情に左右されているし、その感情が元で、
結果的にビジネスの現場などで、
知らず知らず、相手に失礼な行動を取っているのかもしれません。


そう自覚した私は、初めてAmazonで彼女の本の内容と書評を読んでみました。
出版したての時期は、周囲が盛り上げてくれますし、
仲間内の人達がよいコメントを書いてくれるので、
現在の評価は上々ですが、実際はまだ未知数だと思います。


ですが、続けて読んでみたアメブロのセミナー告知記事がすごくよかった。
動く絵文字が一杯のキャピキャピした文面は、
相変わらず私の趣味には合いませんが(笑)、
なんでしょうね、やっぱりブレない確信、自信、強さをすごく感じます。
そこに大きな魅力と輝きを感じます。
そしてうまいのは、秀逸に対象を絞り込んでいるところ、ですね。
「誰でも」とは言わずに、「これこれこういう人に来て欲しい」という意思が、
ひとことも文章に明記されていないのに、確実に伝わってくるところがすごいですね。


これは、キャピキャピした文章が嫌いとか、動く絵文字が好かないとか、
言っている場合ではないと思いました。
確かに彼女は好かないヤツですが(笑)、天性の戦略家なのだと思います。
こういうところこそ、非常に参考になる部分かも。
セミナー、行ってみようかな?なんて、思っちゃったりしてね。




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2016.05.07

隣席の困った彼女をクリアせよ~⑥号泣した後任者の不満が会社の批判に変わる~

隣席の困った彼女をクリアせよ(その1)なんだその電話は?
(その2)隣席者から疑問が噴出
(その3)アスペルガーなら「指導」じゃダメだ 
(その4)非言語で分かり合おうと思わないこと 
(その5)上から目線の命令口調で脱出に成功
(その6)号泣した後任者の不満が会社の批判に変わる ←★ただ今ご覧の記事はこちらです


前記事からの続き)


【登場人物】
私(女性)・・・ぷらたなす。このブログの管理人。
太田さん(女性)・・・たぶんアスペルガーと思われる独特な人。隣席になった人は皆悩む。
赤井さん(女性)・・・「困った彼女」太田さんの2代目の隣席者。現在は退職。
小早川さん(女性)・・・「困った彼女」太田さんの3代目の隣席者で辞めた赤井さんの後任。




転職で入社してアスペルガーと思われる隣席の女子社員の言動に悩んで傷ついて、
「もう辛くてしょうがないんです」「会社、辞めようと思っているんです」と、
私に打ち明けてくれているうちに号泣してしまった小早川さん(40代後半/女性/仮名)。



前任の赤井さん(40代前半/女性/仮名)は自分なりの理解と判断で上手に態度を変え、
「隣席の困った彼女」である太田さん(30代後半/女性/仮名)を見事にクリアしましたが、
残念ながらご主人の転勤で退職してしまい、その後任で入社したのが小早川さんです。



小早川さんは、前任でツワモノで切れ者だった赤井さんと異なり、
どちらかと言えば指示待ちで、最初はとても他人に遠慮している感じでした。
私はこの会社さんに広報のコンサルとして関わっており、
初代→二代目→三代目・・・と、数年にわたるお付き合いの中で、
ある作業の窓口として3人の女性担当者(全員ミセス)とやりとりをしてきましたが、
今回の小早川さんが、一番地味で控えめで主婦っぽい感じ?



というか、ミセスの女性会社員としては、本当はこれが普通で、
今までの二人がたぶん強すぎたのだと思います(笑)
前の二人は姐御肌でモノによっては社長も牛耳るところがありましたが、
三代目の小早川さんは、余計なことは言わず、
指示があるまでは待機しているような雰囲気の方です。
いえ、今までの職歴でそうあることを望まれていた、と言ったほうが、
正しいのかもしれません。
きっと、出しゃばってはいけない職場で、言いたいことも言わずに、
淡々と仕事をこなす割り切りを身に着けた方なのでしょう。



私とやりとりしてくれる窓口担当者は、
いわゆる「困った彼女」である太田さんの隣が固定席です。



複数の前記事でも書いた通り、太田さんは独特な人なので、
入社したばかりで、まだ社内の雰囲気にも慣れないうちから、
一般的とは思えない価値観で、変な指摘や突っ込みをガンガンしてきます。
たとえ彼女より年齢が上でも、入ったばかりの頃はまだ新人ですから、
当初は先輩である彼女の言い分に従うしかなく、(右も左もわからず反論もできない)
矛盾だらけのその指示に納得のいかない思いを我慢していると、
段々精神的に辛くなってきて、どの人もその時点で退職を考えるんです。
今までの担当者は皆そうでした。


実はその事実を社長も専務も皆知っています。
「困った彼女」である太田さんの態度や言動や仕事の進め方は、
対外的にもクレームになることがよくあり、
過去に何度も社内の問題として出たり消えたりしていたのですが、
その都度、社長が何度も面談を行い、結果的に心優しい社長の
「悪気があってやっているわけではない。
ここを辞めたってどこにも行くところがないだろうから、
うちで雇い続けてあげようよ。」という鶴の一声で、
終わったテーマとなってしまいました。


なぜ社長がそう判断したのか、私にはよくわかるのですが、
ここではあまり詳しく書かないでおきます。
社長も一時期、大きな疎外感で心を病んだことがあり、
「仲間外れ」や「誹謗中傷」には敏感で、
大きな意味では、太田さんの立場が理解でき、
共感するところがあったのだと思います。


だがしかし。
現実問題として、私とやりとりが必要な「ある作業」というのは、
覚えるまでそれなりに時間がかかる内容なので、
入ったばかりですぐ退職というのは、こちらが大いに困るんです(汗)。


たぶんですが、社長(実は知人でもある)はそういったところも含めて、
私にコンサルを依頼してきたと思うんですよね。
女子社員の指導、教育、定着、そして成長。
契約書にその項目はありませんが、
「私」を人選したのはそういうところなのだと思います。


    *    *    *    *    *    *


小早川さんが入社してしばらくすると、
打合せの時の表情が暗く、態度もどこか投げやりになってきたので、
私は、そろそろ隣席の彼女からのダメージが限界に達して来ていると感じました。
そこである日、打ち合わせが午前中だったときに、ランチに誘ってみました。


そして、「最近、顔が暗いけど、太田さんで困っているんじゃないの?」
と、水を向けてみました。


入社時からそうなることはわかっていたので、
太田さんの件は、最初からFacebookなどで軽く情報を流し、
すでに愚痴や不満の聞き役になっていたのですが、
最近は、細かいエピソードをあれこれと書き綴ってくることもなくなりました。
でもそういうときは、逆に何かを決心したときでもあるんですよね。


「そうなんです。でも、もう、いいかな、って思い始めました。
私、そろそろ、辞めようかどうか、考えているんです。
この仕事、今の会社、たぶん、私には無理です。」


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!! と、正直思いました(笑)
いや、別にうれしいわけじゃありませんが、予想通りという感じです。


こういうときは、なだめたり説得したりするよりも、
まず「ガス抜き」が肝心です。
私は、「人材育成に関わる仕事なので困った人のエピソードを集めている、
よければ何で困っているのか、もっと教えてもらえないか?」的なトークで、
彼女の話に耳を傾けました。


まず衣替えの話。
帰り際、急に突然「明日から衣替えなのでセーターは絶対着てこないように」
と厳しく高飛車に言われたとのこと。
でも同じ日の朝の朝礼で「今は移行期間なので寒ければセーターは着てもよい」
という上からの指示があったばかりなので、どうしたらよいかわからなくなった。
取りあえず様子を見ようと思い、寒いのを我慢して半袖ブラウスに着替えたら、
そう指示した張本人は涼しい顔でセーターを普通に着用していた、そうです。
小早川さんはその日、セーターも持参していたのですが、
彼女の手前、着ていいものかどうかすごく迷ったそうです。


「で、どうしたの?」


「結局その日はすごく寒くて、風邪を引いたら困るので、
セーターを着てもいいですか?と聞いたら、『は?何のこと?』という表情で、
自分がきのう、私に何を言ったかも覚えていないみたいなんです。
だから、もういいや、と思ってすぐにセーターを着ました。
何も言われませんでした。」


はー、うんうん、わかるよ、それ。
言ったことを覚えていないし、整合性がないんですよね。
なのでいちいち従っていると、疲れてくるし、
ときにはあり得ない妙な誤解で自分が悪者呼ばわりされて、
悔しくて涙が出たりします。わかります。


「他にも納期とか計算方法とか、間違った情報が多くて、
今は、一度指示に従うふりをしたあとで、
こっそり部長に聞きに行って、正しい情報を教えてもらったりしています。
でも、もう、そういうの、面倒だし嫌なんです。」


「それに男の人達がお客様との打ち合わせの最中に入った電話は、
普通は目立たないように部屋に入って、相手に知られないように、
こっそりメモ書きなどを手渡すのが普通だと思うんですけど、
彼女は、ものすごく大きな声でドカドカと会議室に入って、
ものすごく大きな声で、『部長、〇〇社さんから見積りの件でお電話です!』
って言うんですよ。それってマナー違反じゃないですか?おかしいですよね。
自社の取引情報を第三者にあからさまにするのはマズイじゃないですか。
でもそれを誰も注意しないし、それで普通だと思っているのか、
そういう会社の体質にも嫌気がさしたし、もう、会社に行くのもいやです。」


「それに彼女、お風呂に入っていないんだか、または洗濯しないんだか、
暑い日は近づくと臭うんです。その臭いを嗅ぐと本当に具合悪くなりそうです。
昼休みに買った野菜を置きっぱなしにして腐りかけてロッカー室が臭いし、
ランチタイムは休憩室の長椅子を占領して毛布被って寝ているし、
そういうところでは、食欲も出ないしご飯も食べたくないので、
私、いつも、自分の車の中でひとりでご飯食べているんです。」


それに・・・と、まぁ、出るわ、出るわ、
ちょっと水を向けただけで、痛いエピソードが山のようで、
小早川さんは本当に不満が溜まっていたのだと思います。
こうなるともう、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のたとえではありませんが、
やることなすことすべてが許容できなくなってきていて、
たぶん今は、存在自体が非常に嫌なんですね。
そして彼女は一通り話し終えると、突然、冒頭のように号泣し始めました。
そうだよね、感覚が違い過ぎて、心も通い合わず、
自分はただ言われるばかりの立場の人が隣にいるのは、そりゃ、辛いさ。キツいね。


私は前任の赤井さんに話したようなことは、
Facebookメッセージなどで、すでに何度も伝えてあったので、
(発達障害やアスペルガーや特徴と関わり方など)
これ以上、ヒントになるような情報はありませんでしたが、
前任の赤井さんが「目からウロコ」と一発で理解してくれたのとは異なり、
後任の小早川さんにはそれほど響く知識ではなかったようです。


それはたぶん、お二人の自己価値や自己効用感の違いかもしれません。
前任の赤井さんは入社当時から飲み込みが早くて仕事もすぐに覚えましたが、
後任の小早川さんはその時点でもまだ四苦八苦していました。
個人差なので仕方がないことなのですが、そのためかどうか、
赤井さんはすぐに「対策」のほうに、頭を切り替えることができましたが、
小早川さんのほうは、「自分が相手に尊重されていない」「認められていない」
という不満のほうに比重があると感じました。


というのも、ランチタイムの後半は、
「これっておかしいですよね」「間違っていますよね」という問いかけが多く、
今まで、何度かの転職がすべて大手企業だった小早川さんのプライドでもあり、
「いい社員であろう」と努めながら大切に守って来たものがここでは通用せず、
そればかりか「あなたのほうが変」という見方を、
他の女性社員にもされるようになってきたため、
気持ちがよりいっそう、意固地になっているようにも思えました。


確かに何百人の大手企業と知人の会社のような数十人の会社では、
価値観も視点も大きく異なります。
コピーで紙を無駄に使いすぎ。個人情報の扱いがいい加減。
社内の全員が間違った敬語を使っている。あり得ない電話応対。
社内情報が机の上にむき出し。ビジネスメールを出せない社員がいる。
数え上げればキリがありませんが、でも、言わなかったけど、
転職ってそういうものだよ。築き上げてきた自分の仕事スタイルを、
様々な価値観も含めて(それがよいかどうかは別にして)
一度ゼロクリアしなければならないんです。


その次の打ち合わせの時の小早川さんの態度はあまりよろしくないものでした。
メンバーの誰かがジョークを言っても決して笑わず、
頼まれて資料を取りに行く態度もふてくされた感じで、
打合せメンバーの仲間としてその場にいることを拒否しているように感じられました。


一人でもそういう人がいると、皆が敏感に感づいて、
誰もが変に気を遣い始めて、場の空気が悪くなるし、
話し合いもはずまなくなります。


たとえ特定の社員や会社全体に不満があったとしても、
打合せは、明確な目的のある「仕事の一部」なのですから、
そこで個人的な感情をあらわにするのは、
ビジネスパーソンのプロとは言えません。
私はそこは、自分が指摘してもよいところだと思いました。
なので、一計案じて、写真を撮りました。
「打合せ風景をブログに掲載したい」とかなんとか言ってね(笑)
知人の会社なので、その辺はゆるく、
今までも何度か撮らせてもらっているんです。


そして、休憩時間に、彼女をこっそり呼び出して、
スマホの写真を見せて言いました。


「どうしたの?こんなにふてくされた顔して。
この会社の社員は『成っていない』とあんなに言っていたのに、
これじゃ小早川さんのほうが、いまは『成っていない』社員なんじゃないの?
ウソでもつくってもいいから、こういうときは、『プロは笑顔』でしょう?」


実はこのあと、また会社への不満を噴出される小早川さんでしたが、
『プロは笑顔』は、納得せずとも、リクエストは伝わったようで、
休憩が終わって席に戻った小早川さんは、
ニコニコとよく笑うようになり、いつもの小早川さんに戻りました。


ですが、これで小早川さんが明るくなったわけではなく、
会うたびに暗くなっていく小早川さんがいつも気になっていました。
小早川さんの場合は、「隣席の困った彼女」の問題が、
いつのまにか、会社への大きな不満となっていたようです。




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ある福祉事業所の所長とスタッフ~①女性に全く指示されていない~

今年の初めから、ある福祉事業所に簡単な作業を外注しています。
録音した音声の文字起こしや簡単なデータ入力などで、
そういったことを引き受けてくれる障害者の方を探していたところ、
仕事関係の人にご紹介いただきました。


ところが品質は悪くないのですが、納品書や請求書に間違いが多く、
しかも納期が段々長く伸びてきたので、こちらもそれでは困るため、
窓口になってくれている所長さん(40代前半/男性)に確認したところ、
「最近は受注が非常に増えてきて忙しいが、
利用者のお休みも多く、しかも突然だったり集中したりして、
仕上がりの目途が読めなくなっている」ということでした。
(「書類関係は気を付けます」とのこと)


精神系の障害を持つ方が多く利用している就労支援事業所なので、
体調が安定しない状況に納得がいき、
「確かにそれでは大変だな」と思い、
配慮して、以後はあまり言わないようにしていました。
また、急ぎの仕事は頼まないようにしました。


ある日、その事業所を直接訪ねる用事が出来たので、
初めてご訪問してみると、部屋全体が乱雑で、
作業環境があまり整理されておらず、
なんとなく、思っていたのと違う感じ。


そして所長さんが約束の時間までに外から帰って来れないとのことで、
それまでの間、女性スタッフの方とお茶のみをしていると、
突然、「ぷらたなすさん、実はご相談があるんですが」と、
女性スタッフのサツキさん(40代後半/女性/仮名)が切り出しました。


「うちの所長ってどう思います?
ぷらたなすさんの目から見て、率直なところをお聞きしたいんですが。」


「どう・・・って・・・?」


「実は、私、いま、所長と最悪の関係なんです。
向こうは私のこと、完全に嫌っていると思います。」


「え?どうして?何かあったの?」


「何かあったわけじゃないんですが、うちの所長って、
やることなすことが本当にいい加減で、
利用者さんの指導・管理や、事業所を運営するうえで、
これはよくないんじゃないか?と思うことが一杯あって、
そのたびに相談するんですけど、先日は逆切れされて、
その辺から段々おかしくなってきちゃって、
たぶん今は、完全に嫌われていると思います。」


「たとえば?」


「まず、ルールとか規則とかがあってない感じなんです。
作業中に体調が悪くなる利用者さんもたまにいるんですが、
『(家まで)送って行ってあげて』と言われるときもあればそうでないときもあり、
同じ状況なのに、人によって対応に差があるのはまずいと思うので、
『この前の〇〇さんも送って行ったので、今回も私が送りましょうか?』
というと、ムッとして『その必要はない』と言うし、
ほかにも色々、とにかく全部がそんな感じなんです。」


「所長なりの判断があったんじゃないの?」


「そうかもしれませんが、なんか、女の子の利用者に異様に甘いんですよね。
他の人には、サボったり手を休めていたり違うことをしている人には、
結構、きちんと言ってくれたりするんですが、その割には、
気の合う複数の馴染みの若い女性利用者さん達と
いつまでもいつまでもずっとおしゃべりしていて、
ほかの利用者の方にしめしが付かないんですよ。
彼女たちも所長に気に入られているという思いがあるのか、
言葉遣いもタメグチですし、リーダーじゃないのにほかの人に指示出しをしたり
所長の態度に関しては、すでに、ご年配の女性の利用者さんからも指摘されていて、
『あれはなんとかならないの?』と言われていたり・・・」


ふーん、なるほど。でもわかる気がする。
ここの所長さんは、夜店で焼きそばをつくっている気のいいあんちゃんという感じで、
面倒見がよく兄貴肌ではあるが、調子も良くて基本的に大雑把なんだと思う。


「納品なんかも、事業所の車がないときは、すぐに『自分の車で行って』
と言うんですが、『ついでに、どこそこに誰それを迎えに行って』とか、
私、前職も福祉事業所だったんですが、そこではそういうことは禁止されていて、
事故やトラブルがあったときのことを考えて、いつも逆に注意されていたぐらいで。」


「それは確かにそうだね。会社って普通はそうかもね。」


でも、スタッフ数の少ない小さな事業所さんなので、
ある程度ゆるく回していかないと、成り立たないんだろうな。
しかしそれは言わずに、そのまま話を聞いていると・・・


「とにかく、すべてが所長の一存で動いている感じなので、
私達には今、何がどの程度の納期で入っているのか全く教えてくれなくて、
お客さんから『まだですか?』という催促の電話が入って初めて、
実は〇日までの仕事だった、と、わかるぐらいで。
しかも今は利用者さんの数も増えて依頼される仕事も増えているんですが、
所長も忙しいのか、依頼される作業の細部の確認が甘くて、
お客さんの依頼された通りに仕上がっていないとか、フォーマットが違うとか、
クレームも結構増えているんです。」


それを聞いて思い当るフシが多々あるワタシ。
「このような形式で出してください」と頼んだのに、
違う形式で納品されたことが何度もあり、
これは利用者さんのミスというよりも、
チェック体制が甘いのでは?と、確かに思いました。


私の別な知人で、障害者就労支援事業所でありながら、
地元で大人気のお店を経営している社長さんがいますが、
「障害者が手掛けるものだから、安かろう、悪かろう、では、
ビジネスとして成り立たないし、障害者が自立できるような工賃も払えない。
障害を持っていても、(一般の)ほかのお店に勝てるような
競争力を付けていかないと、いつまでも現状に甘んじる結果になる」
と、その人が言っていた言葉を思い出しました。


「忙しいのなら、私達にもっとあれこれ振ってくれればいいのですが、
それもイヤみたいで、なのにクレームが入った時の対応は、
『そっちでやって』と逃げ腰だし、私達はいつも尻拭いばかりさせられて、
本当に、事業所としてこれでいいのか?といつも思うし、
このままではマズイんじゃないか?という危機感がずっと消えないんです。」


聞けば(真相は不明ですが)私が頼んだ仕事も、
「それは納期に厳密な指定がないから後回しでいい」と言っているらしく、
「障害を持っている人達がやっているんだから、そのぐらいはいいだろう」
という言い方のようで、頼むたびに仕上がりが遅くなっている理由も、
わかった気がしました。


サツキさんによると、何度か話し合いの場を設けてくれるように頼んだが、
いつも言い訳ばかりして、その機会を持とうとせず、
指摘すると怒ったり、「これでいいんだ」と高圧的になったり、
女性スタッフは、いまはどうしたらいいかすっかりわからなくなって、
所長が不在の時も、自己判断ができず(すると不機嫌になるらしい)、
所長に連絡を取りたくても電話に出ないときには本当に困る、と、
延々と不満を聞かされました。


そしてこれだけの時間、サツキさんとお話をしていても、
肝心の所長、まだ現れず、一度連絡は入ったものの、
確かにちょっとルーズで時間の自己管理にも甘さがあり、
私が普段仕事で関わっているみなさん達とは違うな、
という感覚はありました。
ま、人のことは、言えないのですが・・・


サツキさんのお話を伺っていると、いまや、所長は、
すっかり女性陣を避けているようで、事業所内にいないことが多く、
いても何をやっているのかわからず、話があるのでタイミングをはかっていると、
それを察したようにまた、外に出ていく、ということでした。


あぁぁ、なるほどね、男の人は基本的に弱っちいので、
自分が批判の矛先に立つことがすごく怖いんですよね。
だから、女性陣の不満がここまでくると、
正面から向き合って正当に解決しようとせずに、
ひたすら逃げの一手で問題を先延ばしするんだな。
これを正当に解決できるような人なら、
最初からこうはならないけど、
そういう人は福祉の世界にはあまり見当たらないような気もします。


この話を私の友人(40代前半/女性)にしてみたところ、
「ああ、それって、××さん(共通の知人/50代)のところ同じだわ」
と、意外な反応がありました。


××さんというのは私と友人の共通の知人である小さな会社の社長ですが、
彼女曰く「女性スタッフは誰もが××さんのいい加減さと丸投げに怒っていますが、
××さんもそれを肌で感じていて、会社に戻りたがらないみたいなの。
打合せの時も、いつも外でお願い、と、言われるので理由を尋ねたら、
『なんかあの会社って雰囲気がドンヨリしていて、オレ、あまり居たくないんだよね』
と言ってましたよ?同じですね」  だってさ。


夢と希望を持って自分でつくった会社なのに、
『雰囲気が悪いからそこに居たくない』なんて、
気の毒な話ですよね。


でも今まで書いたことは、サツキさんの一方的な話です。
サツキさんは少し心配性で、細部に細かくて他人にはキツイときもあるので、
いい意味で大雑把だけど気立てがよく、
人情の機敏をくみ取ってくれる所長とは、確かに合わないかも。


所長はサツキさんやほかのスタッフ達(全員女性)を
いったいどう思っているのでしょうか?


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