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2010年6月の4件の記事

2010.06.13

働くママのための親子と家族のコーチング

先日、まだ就職先の決まっていなかった新卒者を、
アルバイト採用した企業さんの新人研修をしました。

テーマはコミュニケーション能力向上だったのですが、
おい待て!ちょっと待て!その前に。。。

研修を始めてみると、お返事がない、動作が遅い、
語尾が曖昧、人前で話す時に「休め」の姿勢で話す、など、
コミュニケーション云々以前に、
社会人としての振る舞いに改善点が一杯!
(なので早速そこから着手しました)

その話を個人コーチングのクライアントさんに話し、
「こういうところが出来ている人から、
就職が決まっていくんだろうね。
この時期に決まらない人は、
やっぱり”それなり”なのかも。」
と言ったところ、
クライアントさんの表情がサッと変わりました。

「実はうちの息子もそうなんです!
大学卒業したのに、まだ就職先が決まらないんです。
今言われたことはすごく息子にも当てはまると思います。
息子にもぜひ伝えたいし、
ほかに親として何かしてあげられることはないでしょうか?
すみません、次回からそっちをテーマにしていただけませんか?」

一瞬、うわ、失礼なこと言っちゃった!と青ざめましたが、
その方がコーチングを受けた深いところでのきっかけは、
実はご自身の家族関係や息子さんの悩みにあったのだと、
その時初めてわかりました。

当初の目的は自己成長と職場の人間関係でした。
そのテーマで何度か続けて来た方でした。

もしかしたらクライアントさんて、
強いきっかけがないと、
なかなか本当の目的に気が付かないし、
だから口に出す事もないんだな、きっと。

そんな風に思って、
他のクライアントさんにも気を配ってみました。

すると本当はお子さんのことや親子関係、
そしてご夫婦や家族の事が気になっていて、
それが一番解決したいことであるのに、
その解決とコーチングは別物と思い、
それは言っちゃいけないテーマだと、
思っていた人もいました。

結局、コーチングは建前上((笑))、
「相手を変える」という目的は強く打ち出さないので、
「あいつ(亭主・子供)を何とかしたいっ!!」
「いったいなんでこうなのよっ!!(カリカリ)」
というアプローチはコーチに対してしにくいんだね。
あぁ、それじゃ見せ方も工夫しないと。

flair

だったら敢えて名前をつけてみるのもいいかな。

親子と家族のコーチング。

うーん、ちょっと直接的で固いなぁ。

ミセスのためのコーチング。

目的が不明瞭だなぁ。。。
それにシングルマザーの人だっている。

私はコーチングを受けるクライアントさんに、
一体どんな風になって欲しいのか?

悩みが解決されストレスが無くなり、
澄み切った青空のように一点の曇りもなく、
明るく健康的な気持ちで前向きに生きて欲しい!

ならば、安直ですが(笑)、
「気分晴ればれ」かなぁ…

そうだ、ご家族をテーマにしたい方は、
働いている方が多いので、
「働くママのための親子と家族のコーチング」

こんなネーミングにして、
色々なミセスの方とお話してみたいと思いました。

もっともっとたくさん経験を積んで、
この分野で多くの方の力になりたいな。

そんな切り口を思い付き、
早速明日からの活動に生かしていきたいと思います。

お試しで無料コーチングも行っています。
ご質問などある方は、以下からお気軽にお尋ねください。
※ご返信先のアドレスに間違いがなければ、
お名前はニックネームでも構いません。







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2010.06.09

新潟の皆さんと「ギャップ」

お仕事で新潟に行ってきました。


報酬なし。でも経費一切なし。
使ったお金は途中で立ち寄ったコンビニでの買い物と、
飲み物と家族へのお土産代のみ!


実は新潟県のある旅館さんに行って、
そこで実際に電話を取ってみる、というもので、
今後のお仕事(電話応対系)に向けた、
体験取材の一環だったのですが、
そこで組んでいる知人のコンサルタントさんが、
ご自身の打合せの出張に同行させてくれたため、
思いがけず、色々な方とお話をする機会に恵まれました。


旅館経営のご家族や、地元の方数人との食事の場で、
「新潟県ってラーメンが有名なの、知ってますか?」
と聞かれて、びっくり!


全然知らなかった~!


「三条市ではね、カレーラーメンが有名なんですよ」
「燕では背脂(せあぶら)ラーメンなんですよ」
(※↑記憶違いだったらすみません。。。)


(私と知人)「すみません、今、初めて知りました」


「ほらね~、うちらは全国的に有名だと思っているけど、
こうやって他県の方達には知られていないし、
全然伝わっていない現実があるわけです。
そこが新潟県のへたくそなところだと思う。」


「このイチゴだってさ、これ、すごく甘くておいしいでしょ?」


(私)「はい!」


「これね、越後姫っていうんですよ。でも知らないでしょう?」
「いやでも、これはさ、身が柔らかいから、移動に弱く、
県外に出荷できないんだよ、だから外に出ていけないんだ。」
「ていうか何でもそうだけど、新潟の名産って、
コシヒカリ以外はどれも全国的に知名度低いよね」


(私)「新潟に行くって言ったら、
笹団子と柿の種買ってきてね!って、
友人達には言われましたけど…
私はお菓子を買ったら結構メーカー名は見るので、
米菓を作っている会社は結構あるんだな、という、
イメージはありますが。」


「あ、そうそう!米菓!米菓!」


こんな感じで新潟談義はとどまるところを知らず…


「上越・中越・下越と県が細長いので、
地域によって様々なんですよ?」と言われても、
それぞれの市名がバンバン出ても、
位置関係が全く分からないので、
ちんぷんかんぷんだったのですが^^;
皆さん、非常に熱くて真剣で、
新潟への愛が伝わってきました。


みんなどの人も、
どうすればもっともっと売れるのか、
どうすれば生き残っていけるのか、
本気で考えているんだなぁ。
(当たり前ですけど)


そして自分達の主観と、
全国から見た客観のギャップを、
皆さんは気にされているんですね。
なるほど。


うん、そういうことってすごくあるかもしれない。


自分達が提供しているものと
みんなが欲しがっているものとのギャップ、
自分達が自分達に抱いている対外イメージと、
実際の対外イメージのギャップ…
自分達が「これが売り」だと思っているものと、
みんなが「これが買いだ」と思っているもののギャップ…


今回の旅館さんも、
探せばそれが見つかるのかもしれないね。
あと、自分もね!
そんなところが、何かの大きなヒントになるのかも。


いやいや、ここに書ききれないぐらい、
いろんな気付きのあった出張でした。

2010.06.05

【親子関係改善】愛と感謝は最初は要らない

コメントをいただいたバレッタさんへのご返信に、
補足する形になりますが、
コーチングに関する女性向けの本などを読んでいると、
「相手を愛しましょう」「相手に感謝しましょう」
という主旨の内容がよく書かれています。


ですが、個人的には、
そんなの読んですぐにできるもんじゃないっ!
ってすごく思います。


人の脳には、自分に取ってその対象が、
「命の危険を脅かすものか?」「その危険性はないものか?」
を二者択一的に判断する機能があって、
食うか食われるかの大昔と異なり、
平和な今の世の中では、
[自分に取って不快なもの]=[命を脅かすもの]
という捉え方で脳内処理されているようです。


だったら、大嫌いな人や憎しみの対象などは、
当然自分に取って、
[命を脅かすもの]の判定が無意識にされているので、
長い時間かかって、
その区分で保存されてしまった情報を書き換えるのは、
どう考えても容易ではないわけです。
それが効率的に生きていく動物としてのしくみでもあるので。


だから、「好きにならなきゃ」とか「感謝しなきゃ」とか、
最初から思わなくていいし、
それができない自分で悩む必要もないと思うの。
動物として、しょうがないことなんで。


ではどうすればいいか?というと、
自分が納得のいく自分のための目的に、
さっさとすり替えるんですね。


    *    *    *    *    *    *


私が少々嫌悪感さえあって、できれば接したくないし、
なるべく口を利かないようにしてきた母に、
感謝や承認(褒めることなど)の言葉を掛けようと思ったのは、
以下の理由からです。


○プロコーチになった


自分が講師として行うコーチングセミナーでは、
承認の重要性を皆さんに伝えるわけですが、
「じゃ、あんたはそれを実践しているの?」と自問すると、
仕事関係ではできていても、
家族に対してはできていないわけです。
(そのときは相手が”敵”だからね~(笑))


で、それってプロコーチとしてどうよ?
いい事ばっかり人に言っている癖に、
自分の家族とは関係が良くないって、
超カッコ悪い、人に知られたらまずい、
これじゃプロを名乗る資格ないじゃん!


と、思った事。(要するに自分のため)
また、それを母にも指摘されて、
珍しく、なるほど!と思った事。


○後悔するのは嫌だ


うちの母が70歳になったときに、
母が今日もし、不慮の事故などで亡くなったとしたら、
母の一生は、「娘に愛されず寂しく死んでいった人」になっちゃう。


10年後、20年後に、自分はきっと常にそれが胸の奥にあり、
最後まで冷たく拒否していたことをきっと後悔するだろう、
そんな風に思った事。


自分の行いに自分で傷ついて、
こうすればよかった、ああすればよかった、と、
くよくよ後悔するような人生は嫌だ!!!


今もし、母が突然死んでも、
「幸せだった」と感じて亡くなってもらいたい。
(要するにこれも、自分のため)


○自分が同じことをやっている


ずーーっと感情的に不満ばかりぶつけられて、
話をすればすぐ「批判」「説教」「指導」モードだし、
私は母から「子供として愛されている」という実感が、
本当に得られない子供時代だったのですが、
それ、やっぱり私は悲しかったんですね。


だから子供達にはそういう思いをさせたくないと思い、
自分より下流にはいい関係を築いてきたと思うんですが、
母に対してはあるときから、「もういいや」とあきらめて、
ケンカもしなくなったし、言葉さえ交わさなくなったし、
母が茶の間に居る時には自分は絶対入らない!みたいに、
微妙に接触を拒否してきたんです。


でも、待てよ?と。


不満、非難、否定、拒否、
無視(人として認めてもらえない)、
無関心(小さな事をほめてもらえない)


こういったことは自分がやられて一番悲しかったことなのに、
それを今自分は、母に対して行っている。


それは悲しかろう、と、ふと気がついた事。


あれだけ、自分はそんな人になるまいと思ってきたのに、
(たとえそれが母であっても)
人に対してそれをやっちゃっている自分て何?
と思った事。(これも大きな意味では自分のため?)


    *    *    *    *    *    *


そんなことが、ポンポンポンと浮かんできまして、
それで、「おっと、これは軌道修正せねば」と、
思うに至ったわけです。


なので、愛や感謝は全然ありませんでした。
変えたのは、表面上の行動だけ。
要するに口先と目に見えるところの態度だけ。


ところがこれが予想外に絶大な効果を発揮いたしまして、
うちの母、みるみる変わってきたんです。


今までは、
「そんなに文句タラタラでやるぐらいなら、
もう夕飯の支度なんて頼まないし頼みたくもない。
お母さんの力なんて借りなくたって、
家族だけなら工夫次第でなんとでもやっていける!」


などとすごく思っていて、
母が不平不満を爆発させながらも、
自主的に夕飯の支度をしてくれていたようなときには、
お礼はおろか、毎度言い争いになったりしたんです。


けれど、おっと、マズイ、マズイ、と思い直して、
(たとえさんざん文句を言われたとしても)
「うわ~!ご飯作ってくれたんだ、ありがとう!
お母さんのお陰で時間通りに夕食ができた。
子供達も受験だし、本当に助かるわ~!!!☆☆」


などと言うようになったら!!!!!!!


なんと。


母の口から不平不満はきれいさっぱりなくなり、
やがて、「忙しそうだから今日のご飯、私が作ろうか?」
という驚異!のセリフが出始め!!
遅くに帰宅すると、「今日、お掃除しておいたから!」
などと、私にとっては奇跡の行動が出始めたのです。


そしてそうなってくると、
本当に母のことをありがたいと感じ始めるし、
調子の悪そうなときには心配になるし、
今は大好きな母で、ぜひとも長生きして欲しい!
なんて、自然に思えるようになるんですよね。


    *    *    *    *    *    *


だから私、思いました。


気持ちじゃないんだ、まず、行動なんだ!って。


愛も感謝もそりゃ大事!


ですが、それができずにどれほどたくさんの人が、
自分に焦燥感を感じたり敗北感を覚えたり、
そして自己嫌悪に陥ったりしていることでしょう。


でも、必ずしも、そこから入る必要なんて、
全然ないんですよ。


たとえ口先だけでも、心の中で嫌だと思っていても、
まず行動を変えてみる。実験のつもりでいいと思います。


そして変わってきた相手のよい反応が、
自分にフィードバックされて、
それで最終的に自分が変わるんです。
もちろん相手も変わります!


これを自分がリアルに体験した私だったので、
今は自信を持って言えるんですよね。


理由はなんでもいいから。


「自分のため」で大いに結構、
多少ずるくても、戦略的でもいいから、
まずやってみなよ、って。
結果は必ずついてくると思います。


ご質問をいただいた回答を広げて、
今日は「愛と感謝は最初は要らない」というテーマで、
少し長めに語って見ました。


2010.06.03

根深いなぁと思った自分のこと

知人にチラシを作って持って行くと、
「このチラシの作り方を教えて!」と言われ、
別な知人に「セミナーはブログから申し込んでね」と言うと、
後日、「あのブログの作り方を教えて!」と言われ、
なんだか伝えたい内容そのものよりも、
伝え方のほうが知人の関心を引いてしまうようです^^


で、リクエストをいただくので、
内輪向けに「チラシ作成講座」とか「ブログ作成講座」とか、
先日は「ツイッター講座」なんてのもひっそり行ったのですが、
幸い毎回評判が良くて、気をよくしてしまうぷらたなす。


ホワイトボードの前に立って、
1対多人数でPCやインターネットのことを教えるのは、
前職でずーーーーっと日常的にやってきたことなので、
教えるスキルが一番蓄積されているところでもあるんですよね。


ですがこれがやっぱり、
友人・知人の男性諸氏を混乱させてしまうようで、
先日も自分のコーチから、「一体何屋かわからなくなる」とのお言葉。


不思議な事に(これは以前も書いたのですが)、
女性の友人や先輩達は、
そういうことを全く思わないみたいなんですが、
考えてみると女性の場合は、
コーチングと美容関係の仕事、とか、コーチングとアロマ、とか、
コーチングとキャリアカウンセリングとか、
自分の好きなことや得意なことを組み合わせている方も多いです。


名刺交換をすると、「実はこういうこともやっているんです」
と言われることも、確かに女性の場合は多いもんね。
男性もいるにはいるけど、そういうケースは少ない感じ。
女性は欲張りなのかもしれませんね(笑)。


    *    *    *    *    *    *


ところで前述の私のコーチの言葉に、
納得して頷くことができたのは、
最近、自分の自己表現の癖というものを、
すごく自覚していたからです。


私のコーチのそのときの言葉の前後を書くと、
「ブログの自己紹介や資料のプロフィールを見ると、
この人は一体何屋なんだろう?と思ってしまう」
というのが正確な内容です。


確かにそうなんですよね。その通りだと思います。


できること、現在行っていることを、いくつか羅列してしまうと、
確かに印象やインパクトがバラついてしまうので、
できれば名称を工夫して個性的な一本に絞ったほうが、
訴求力は高いと思います。


ですが要は見せ方やメリハリの問題とも思うので、
ひとまずそれはそれとして横に置いておいて、
今回自分がハッとしたのは、
私のコーチが、ある資料に載せた私のプロフィールを、
つぶやくように読み上げた時。


客観的に聞いてみて、「これじゃいかん!」と思いました。


私のコーチは気が付かなかったけれど、
私は気が付きました。


その200文字程度の短い文章の中に、
「私を好きになってね」メッセージが、
意外に匂っていることを。


いや、たぶん、たいていの人は、
読んでもわからないと思います。
「これのどこが?」と言われると思います。


だけど、それを書いたときの自分の感覚を思い出すと、
「好きなことや趣味なども書いて、
読んだ人に共感や親近感を持ってもらおう」が主旨でした。


もちろん悪くはないと思いますが、
宣伝臭がぷんぷん臭う人や、
仕事の内容やポリシーを語ったり、
経歴だけを淡々と短く書いている人もいる中で、
なぜ私はこの選択をしたのだろう?と考えると、
「売れたい」よりも「人とつながりたい」、
「ビジネス」よりも「暖かな交流」を、
「お金」よりも「人としての評価」を、
無意識にどこかで望んでいることがわかります。


これはね、性格的なところもありますが、
やはり、自分の昔の親子関係に、
すごく端を発していると思うんですよね。


特に大きな問題もない普通の母と娘だったと思いますが、
たぶん資質の違いや、価値観の差が大き過ぎて、
母から見たら私って、本当に「なぜ?」な子供だったと思うんです。


そして大人と子供では、圧倒的に大人のほうがエライので、
母は私のあれこれに、大変不満が多くいつも批判的で、
(今思えばそれも一理あったとしても)
親に心から承認されない子供って、
子供時代は脆くて不安も大きいし、
大人になったらなったで、
母じゃないところからの承認を求めて突っ走り、
それがすべてのモチベーションになったりするんだと思います。


    *    *    *    *    *    *


自分のコーチの言葉をきっかけに、
あらためてそう自覚してみると、
自分が今まで書いたものや、
物事の説明、アプローチの方法などにも、
結構それが出ちゃっているわけです。


仕事という観点からとらえてみると、
最善の場で最善の表現を逃しているときがよくあるし、
拒否や嫌悪を恐れて、言うべきことを言っていなかったり、
自分の行動に大きな影響を与えている事も、
すごく多いんですよね。
わかっちゃいるけど、やっぱりね、という感じで。


そしてそれは、この感覚を持たない人にとっては、
甘さや根っこの弱い感じや、
焦点のブレや、散漫な感じに映るんだろうなぁと思うと、
そこはこれから少しずつ直していかなくてはいけない部分だな、
と思います。


だけど、自覚すればするほど、
それ、思いのほか、根深いんですよね。


何かの折にふと立ち止まって考えてみると、
いつも主観(何をやりたいのか)よりも、
客観(どう思われるか)を意識して行動していたり、
ここで止まれば潔く清々しいと思われるところで、
伝えすぎたり、アピールがひとこと余計だったり。


たぶん私は、素で振る舞っていて、
そこそこに「いい人」に見えると思うんですが、
「いい人」というのは、「いい人じゃない人」にとっては、
「悪い人」なんですよね。


この場合の「いい人じゃない人」というのは、
決して悪人を指しているのではなく、
現実的な厳しさを持った人のイメージに近いです。


そして会社の経営者さんとか、
大きな会社の責任者さんというのは、
そちらのタイプの方が多いので、
同じ土俵で対等に話をしていくためには、
そちらに近づいたほうが逆にわかり合えるし、
ストレスのない話ができるんじゃないかな。


もちろんそれは、人間性を捨てるという話ではなく、
少々他人に依存するような甘さや弱さを、
どうやって排除していくか?ということでもあるのですが。


    *    *    *    *    *    *


こういったことは、トレーニング次第だと思うので、
気がついたときを境に、段々変わってい行くのだと思っています。


自分の行動の根拠を突き詰めて掘り下げていくと、
高確率で突き当たるのが、
小さい頃の親子関係や家庭環境だと思うんですよね。


もちろん、そればかりではないはずですが、
ひとまずそう仮定して考えてみると、
自分に何が足りなくて、どう変わっていけばいいのかが、
段々見えてくる気がします。


冒頭に書いた、チラシやブログのエピソード。


あれもたぶん、
知らないうちに自分でメッセージを出しているんだよね、きっと。
「このチラシ、いいでしょ?」「あのブログ、いいでしょ?」って。
だから、見た人がそっちに食いつくんだと思うんだなぁ。


そういうところの軌道修正を、
少しずつ自分に対して行っていければいいな、と、
この頃すごく思っています。


ちなみにコーチングを勉強して、
母や夫への接し方を変えてみたら、
(実はこれにも大きな葛藤があったのですが)
それぞれの関係が劇的に改善しました。
なので今はとても幸せな家庭環境です。ご心配なく!


今日は自分の「根深い点」について、
ここだけでこっそり語る、
打ち明け話のひとりごとでした。

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