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2007.09.20

持たざる人-顔をゆがめる-

協力会社の社員としてクライアント企業に出向し、
リーダーとして自社契約スタッフさんの、
管理や指導をしていると、
それぞれの現場で「不向きでは?」と声が上がり始めた、
スタッフさんの面談をよく依頼される。

7年やって痛感するが、
ユーザーサポート(コールセンター)の仕事というのは、
人を本当に情け容赦なくフルイにかけてしまう業務だと思う。

以前頻繁に書いていた時期があったが、
アスペルガーでは?と思われる人は、
申し訳ないがやっぱり向かない。

物事の受け取り方や、お話の主旨を拾い上げていくポイントが、
ほかの人と違ったりするので、
お客様とかみ合わないばかりでなく、
集合形式で行う最初の新人研修でも、
周囲と足並みが揃わず、予想外の言動が目立つ事が多い。
だから周りの人達は入社初日から違和感を覚えたりする。
後が案じられるが、、
結局一人前に仕事(電話対応)をこなせるようにはならずに、
たいてい早々に去っていかなくてはならない結果になってしまう。

が、気の毒に思うのはAS傾向の人だけではなく、
そのボーダーにいると思われる人や、
もうちょっと上だけど、やっぱりイマイチ至らない人達もだ。

クライアント企業さんや同僚達からいつも同じ突込みをされ、
どうしても厳しく非難されている人というのは、
結局誰もその内容は似ていて、
要は、「お客様の目線になぜ立てないのか?」という、
周囲の理解しがたい強い疑問なのだ。

「なんでわかんないの?」「どうしてそれができないの?」
「やる気あんの?」「だからそうじゃなくて…」

各社はそれなりに人選して事前研修なども行っているので、
基本的にきちんとした方を送り込んでいるのだけれど、
こればかりは意外な展開がけっこうあって、彼ら(彼女ら)は、
あとから皆が気がつき始める至らないお客様対応や、
業務上今一歩踏み込みが足りない行動で、
段々周りの怒りを買い始めてそんな風に言われっぱなしだ。

昨日上司が面談してヒヤリングしていたスタッフは、
退職事由は「人間関係」だけど、中身はそんな感じ。
でもここだけの話、怒ってもしょうがないんだな、それって。

もう、いいからさ、どっかであきらめてあげようよ。
なんでスタッフが、同じスタッフを
ふたこと目には「解雇してくれ」なんて、
カリカリすぐに言うんだよ。??
冷静に考えて、彼らが周囲に、
そこまで言うほどの迷惑かけてるかい?
それじゃ世の中よくならないよ?
心配すべきはお金を出しているクライアント企業さんのほうで、
それはうちらがいちいち決める事じゃない。
お客さんもさ、多少の事なら「センスねーなー」で済ませてよ。

対応品質重視はそりゃわかるけど、
どうも最近の職場の風潮として、
人に鷹揚になれない過敏な空気を感じてしまう。
これじゃ、育つ人だって育たない。

「少々できない」程度なら、スルーしてあげようよ。
だって私が感じるところ、
やっぱり元々何かの因子がないような気がするんだもの。
私はそれって、精神論ではなくサイエンスの話だと思う。

    *    *    *    *    *    *

例えば今、
某班で「向かないから早めに結論を出したほうがいい」
といわれている斉藤さん(30代後半男性スタッフ/仮名)は、
イントラホームページの某所に、
共有情報をアップする練習を頼んだら、
「できました」と飛んできたメッセンジャーに張ってあるURLは、
いつものイントラのトップページ。
思わず、
「え…これってトップページじゃん。一体どこに上げたの???」

よく見たら目立たないところにちゃんとリンクが張ってあって、
そこをクリックすると該当情報に飛ぶのですが、
今までこれをお願いしたその業務の新人さん達は、
誰もが(トップページではなく)
該当ページの直接のURLを送ってきて、
そのURLをダイレクトに開けば、
すぐに内容を確認できるような伝え方だったので、
「あぁ、皆さんが言っているのはこういうところなんだな…」
と、承知。相手にとってどうすればベストか?が抜けている。
受け取った人が、ひと手間かけなくてはらない事に、
気づかなかったり、面倒に思ったりすることが、
あまりわからないんだよね。。。

また例えば…「○○を自分なりにカスタマイズしてみてね」
とメッセンジャーでお願いしたあと、
(現在遠隔で課題を出している)
「これじゃ曖昧すぎてよくわからんな~」と反省して、
もう一度詳細な指示出しをしに席まで尋ねていくと、
すでに作業の真っ最中。

「え?どういう内容の課題かあれだけでわかったの?」

「え?××の事じゃないんですか?」

「え、違うよ~。○○を△して□になったときのエラーを
カスタマイズしてみてね、って言いたかったのよ。
これ、私に確認とかしないで、なんでこっちって思ったの?」

「いや…なんかそうかなぁって。」

「ほかにもいろいろな意味に受け取れるって思わなかった?」

「いや…ちょっと…。ええ、ちょっと思いつきませんでした。」

斉藤さんの所属先は、
アウトバウンドでオーダー受注をする部門なので、
解説が不親切な上に、
お客様の主旨や要望もよく誤解してしまう斉藤さんは、
「とても危険すぎてお金の絡む部門にはおいて置けない」
という話になってきている。
実際どんな感じなんだろう?と思い、課題を通して接してみると、
なるほど、これじゃなぁ…と思わされてはしまうのだが…

    *    *    *    *    *    *

持っている人は当たり前にそれを持っていて、
特に意識もせずにうまくやれているのに、
持っていない人はどうトレーニングしても一向に芽が出ず、
しかも、それを周りに指摘されてもどうしてなのか理解できない。

この正体ってなんだろう?と、
私は最近、つくづく考えてしまうのだ。
で、近頃思うのは、
それは「自分を客観分析できる能力の有無」なのかなという事。

私、自分の事をよく考えてみると、
電話でお客様と話をしているときは、
常に向こうの気持ち無意識に意識しているんだよね。
でもそれは、相手の事を一生懸命考えているわけではなく、
「こういわれると腹が立つ」「こう言われるとうれしい」という、
自分の情報をベースにして自己チェックしているわけで、
思わず言った言葉に対して「うぁ、今のは、やべ!」
と感じるや否やフィードバック→軌道修正だよね。

なので、
「こういわれると腹が立つ」「こう言われるとうれしい」という、
自己分析が希薄だと、ほかの人の事もあまり、
イメージできないんじゃないかと思ったりしている。

そう、イメージ。イメージなんだよね。

    *    *    *    *    *    *

現場NGの判断をされてしまうスタッフさんは、
「相手の気持ちがわからない」のも、
「状況判断や危機回避の意識が不足している」と言われるのも、
すべてが「イメージの欠如」という結論になってしまうのだけど、
そういった人達とたくさん面談をしてみると、
他人という外に向けるイメージよりももっと以前に、
自分自身に対するイメージが希薄なのが強く感じられる。
それをこの頃痛感するんだね。

なぜなら、NG模様のスタッフさんに
「今後どうしたいのか意思確認を」と企業担当者に言われて、
実際に対面してみると、手応えのある回答は、
まず出てこないから。

「この仕事を続けたいと思っていますか?」

「使っていただけるのなら続けます。」

「そうじゃないときは?」

「やめるしかないでしょうね。」

たいていの場合、クライアント企業さんは、
「ぜひやりたいです。もう少し続けさせてください!」
という前向きな回答なら、もう少し様子を見ようと思っている。

なので、この回答をそのまま伝えた場合、
たいていの担当者は、うーむと首をかしげて、
「結局、本当のところはどうしたいの?」と再度尋ねてくるだろう。

でも、そりゃ、無理ってもんだよな。

彼らは面談が機能しないタイプの人達だと今は思っていて、
仕事上で指摘されるのと同じ理由で、
小さい頃から怒られたり責められたりし続けているので、
心中はビクビクとすっかり臆病になっていて、
自分に対して確固たる自信を
持つことができていないように思う。

なので"快く"使ってもらえるならずっと居たいけど、
"怒られながら"仕事するならもうこれ以上居たくはない。
声には出さないけど、これが本音。
たぶん仕事の好き嫌いじゃない。
そして自分がどうしたいか、じゃなくて、他人が自分をどうするか?
これがポイントだと思う。

それに加えて、自分がどんな感じでどうなりたいのか、
絵柄としてのビジョンが元々希薄な感じがするもの。
面談したって、企業さんの望むような明確で前向きな回答なんて、
絶対出てこないよ。そう思ってあげるべきかもしれない。

自己表現が下手なのか、または、
表現すべき絵がないからなのか、
それはよくわからないけれど、
「絵がない」ほうが近い気がする。

    *    *    *    *    *    *

昨日は前回の日記の上川さん(30代前半男性スタッフ/仮名)と、
今日は前述の斉藤さん(30代後半男性スタッフ/仮名)と、
面談した。
そして明日は、鈴木さん(30代前半男性スタッフ/仮名)と、
面談予定。
理由はどれも同じ。
"適性が疑問視されるので意思確認と指導をして欲しい"

最近コーチングを勉強中の私は、
自分のトレーニングのつもりで、
前回の日記に登場した上川さんに、
ビジョンコーチングをしてみた。

「あなたがもし会社の社長だとします。
それでは想像してみてください。
社長のあなたはどんな様子ですか?」

たいていのスタッフが、「えー、なんですか、それ~」
と言いつつも、思いつくまま楽しく答えてくれるこの質問に、
上川さんは、見るからに苦しそうに顔をゆがめて、
そのまましばらく黙ってしまい、私は驚いてしまった。

「上川さん、どうしたの?苦しいの?」

「いえ、浮かばないんです」

「え…イメージできないの?
じゃね、何をしている?」

「大勢の人と働いています。」

「どこで?」

「普通の部屋で。みんなで。」

そうなんだ。
「一人で社長室の豪華な椅子に座っている」
と言わないスタッフさんは彼が初めてだ。
そうなんだ。。。「みんなで」か。。。

「服装は?」

「スーツかなぁ」

「部屋の広さは?」

「あんまり広くない。」

「窓は?」

「あります。」

「一戸建て?」

「ビルです。幹線道路沿いの。」

「スタッフの男女比は?」

「半々」

話を聞きながら、(それってほとんどここじゃん)、と、思う。
ここしか画像が浮かばないのと、
本当はここでもっと皆に尊敬され愛されたいのだろうと思う。

「そこで上川さんは何をしているの?」

「うーん、みんなの中心になって動き回って何かしている」

あぁ、そうなんだ、やっぱり。

「何かって具体的にはどんな作業」

「えー…パソコンをいじったり、机に向かって…
やっぱりパソコンしてます。」

え…"みんなの中心で動き回っている"んじゃなかったの?

そのとき上川さんが言った。

すみません。やっぱりキツイです。
どうしても思い浮かばないんです。
何を考えても今の自分に置き換わってしまって、
今の自分から離れて想像する事ができません。

あぁ、そうなんだ。
「ごめんね」と私は謝った。
面談時に、懸念していた彼女との事が、
いい方向に向かっているのがわかり、
もう悩みも少しずつ軽減されているはずなのに、
それでも自分の視点を今の自分から離すことはできないんだね。

そして、そういえば、何かをイメージするような質問をすると、
電話の仕事に向かないスタッフさんは、
みんな苦しそうな顔をする事に気がついた。
私やほかの人達が当たり前のようにできたり見えたりするのに、
彼らにとっては顔をゆがめる作業なんだな。

上川さんは電話が怖いと言う。
苦情だったら?と思うと、
毎回受話器をとるのがためらわれるとの事。
タイプの似ている人は、皆同じ事を言う。

自分がなぜユーザーに怒られているのか、
説明されてもピンと理解できないので、
不条理な感覚と被害者意識ばかりが、
強まっていくんだろうね。

本当の原因は自分にある。
でも、指導しても助言しても、録音を聞いてもらっても、
どこが悪いのか自分ではあまりわからない。
だから直らない。だからまた怒鳴られる。
悪循環だな。。。

きっとこの人達はほかの職場に行っても、
周囲からの扱いは変わらないかもしれない。
けれど、自分と周りの違いが
ここまであからさまにならないだろうし、
だったら問題なくやっていけるケースもたくさんあるだろうに、
この仕事に付いてしまったばかりに、
「全然できていない」と言われ、
怒られ、最低の評価をされ、はじかれ、
ここに来なければ、こうまで、
「何かを持っていない」面が明るみにならず、
傷ついて嫌な思いをする事もなかったのに…

うちの職場に来て、普通に仕事が出来ている人達は、
ここではそれだけで「勝ち組」なんだよ。
だったら世間一般的にはコミュニケーション能力なんて、
なきゃないで、いいじゃん、それで。
ひとつひとつに目くじら立てずに、スルーしてやろうよ。

本当は私が大きな声で、
そんな事言っちゃいけないのかもしれません。
ですが、そんな風に思えてくるここ数日でした。
 

 
 

 
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.ビューティフルヒューマンライフ」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。

同感です。私も常々、社会がもう少し出来ない人たちに鷹揚になったら、その人たちも生きやすくなるし、そのほかの普通の人たちも、結果的には生きやすくなるんじゃないか、と考えています。
出来なさ、とか弱さ、というものは、更年期や病気、加齢などで、誰もが自分のものとして、いつか直面しなければならない時が来るのですから。

彼らは、自己評価が下がると、本来できていたこともできなくなり、能力が生かせなくなってしまう。物事や自分自身に対してのイメージが漠然としているので、叱責をそのまま自分の価値がない証として
受け止めてしまう。

でも、逆に、適切な理解と、出来ることに対してのよい評価と一緒にして、問題点を具体的に示すフィードバックがあると、のびてゆける潜在能力も持っています。

 彼らは問題に全く気がついていないわけではなくて、内心はどこかで自分はおかしいと気づいているけれど、それを認めると、自分自身が壊れてしまうようで、見ないようにすることでしか自分を保てない。だから叱っても直せない、非を認められない・・・。そういう姿を見ていると、痛々しいです。
 はっきりと自分の問題に気づくまでに、自尊心がぼろぼろになって、立ち直りがさらに困難になってしまう・・・そういう事態が避けられたらよいのですが。

 学生時代の適切な時期に、適切な自己認識ができるような支援があって、自分の適性に合った職業選択ができたら、もっと変わっていたのにとも思います。

 逆に、教える立場の人たちも、教えている相手が、自分と同じことができるとは限らない、という想像力を持って指導して欲しいです。
 

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めろんぱんさん、お久しぶりです!職場では楽しい話題も面白いネタもたくさんあるのですが、こういった事柄が出てくると、つい書きたくなってしまいます。以前より仕事以外の予定や勉強もたくさんあるので「blogは放置!」と決めていても、やっぱりどこかで心情を吐露したくなってしまいます^^;

めろんぱんさんと同じく、私も自己価値の低下は心身を不安定にさせる重要なキーワードだと思っています。でも悪循環なんだよね。本人の意思に寄らず周囲が違和感を持つような何かを持っている人は小さい頃から外界と自分との関係の基盤が弱く、"不安"に対して適切な防御が取れません。ストレスに対しても同様ですが、健康に障害が出てしまったり心が不安定になったり、それがまた安定した就業を阻害してしまうので、堂々巡りに思われます。

文中の上川さんはいつも何をやっても「何かあるんじゃないか?何かあるんじゃないか?」とマイナスな事ばかり想像してしまうそうです。そこが変わっていくためには集団として周囲の理解と支援が必須なんですが、職場ではそれが一番困難で事実上不可能、というのが現実です。そして実際、その人と仕事をする事で忍耐を強いられる周りも結構辛いんですよね。難しいなぁ…といつも思います。
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先日「ここでくじけないで」でコメントをつけさせていただいた霞です。

発達障害ではないか?と疑っていた後輩が職場にいるということを書かせていただいたのですが、現在さらに状況は悪化しています。

私はストレスのために円形脱毛症になり(しかも数箇所)、同僚もストレス性胃炎で倒れる寸前です。本人はいたって元気に通勤しています。

めろんぱんさんの書かれることもっともだと思います。私も自分がその状況におかれなければ「もっと社会はおおらかになるべきだ」と主張していたことでしょう。

しかし私たちも社会人としてある程度のスキルを持っている前提で仕事を進めていかねばなりません。三年間後輩の働き易いように周囲はフォローを続けてきましたが、もう限界にきてしまいました。いくらコチラが指導しても「どこがいけないのか」をわかってもらえない。しかも本人は全然困っていない。まるで言葉が通じない宇宙人と話をしているようです。

現在は書類チェックや袋詰めなど、単純作業しかやらせていません。(公務員的な職場なのでクビにはできない。人事異動も年に1回)そのしわ寄せで他の人間は仕事が増えましたが、トラブルを起してその後始末をするよりずっと良いと諦めて勤務しています。本人はいたって元気に仕事していますが、他の人に負担がかかっているとは全然感じていない様子で、これが私たちに更にストレスを与えています。

いっそこの感情をぶちまけてしまえたら・・と思うこともあるのですが、発達障害を抱えている方が苦悩されて仕事をしているブログなどを拝見すると、私たち定型の理解が足りないからなのか?と自己嫌悪に陥って何も言えません。ただただ私たち同僚は後輩の異動もしくは自分の異動を望むばかりです。

※上司は「仕事ができない奴はやらせなければいい」と既に諦めて人事に相談をしているようです。しかし、そのような評価の後輩を受け入れる部署があるかどうかは不明です。


理解したい、でも無理。これが本音です。

こんばんは。
霞草さんのお困りはもっともですね。
私も、同様の相談を、何人もの人に打ち明けられました。その人たちも、身体をこわすほど、悩んでおられました。
私自身は、その人が自分自身の「おかしさ」を理解していない限りは、変化は望めないし、こちらが理解する必要もないと思います。「理解」って言葉もさまざまな意味がありますが、相手の特性を知ることと、相手の行動を許容することは別のこと、と考えています。

霞草さんのような職場で、相手のつけがこちらに回ってくるようならば、最初に守らないといけないのは、相手でなく霞草さん自身です。ですから、火の粉をかぶらないように、自分を守ることは大切です。自分を守った上で、障害についてを「許容」するのでなくてそれがどのようなものか、どこからくるのか「理解」していただけたら嬉しく思います。

私も、若い頃、周囲に迷惑をかけて、何でそうなるのかが分からなかった当事者です。そして同時に今は、支援する立場でもあります。

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霞さん、こんばんは!メッセージ拝見しました。いや~、何かとこちらが思ったとおりスムーズに進まなくて、本当に大変なんですよね。わかります。だってこのブログの中でどうしてもそれに関する話題が増えてしまうのも、結局そういう事なんですもんね。

霞さん達は先輩として会社から一人前に育てるように暗に示唆されている、または不満を述べても「その辺はうまくやってよ」などと、辛さを訴えたほうが非難されるなど、その方に対して自分の評価が下がってしまうような無形のプレッシャーがありますか?

めろんぱんさんも後のコメントで述べていらっしゃいますが、「最初に守らないといけないのは、相手でなく霞草さん自身です」という考えに私も賛成です。人格は尊重してもミスはミス、不可は不可だよね。相手が人間なので複雑に考えてしまいますが、その方が周りの人の健康を阻害してしまうぐらいのストレッサーとなっているのなら、他人は他人と割り切って、仲良くしないのも方法だと思いますよ。上司もわかってくれているのですから、それは支援者がいるって事ですもんね。その方ってキレやすい人?それによっても変わるかもしれないけど…

>めろんぱんさん
こんばんは!二度目の書き込みをありがとうございます。めろんぱんさんが過去に「そうなんだ!」と目からウロコだった効果のあるセリフってありますか?あったらぜひお聞きしたいです!本件とはあまり関係がないのですが、私は「ぷらたなすさんて、絶対目を見て話さないもんなぁ」と、恋にも似た憧れの上司に指摘されたのが痛かったですねぇ。一瞬、「やば」と思いそれからは気をつけるようになりました^^;
----------------------------

そうですねえ・・・学生時代、女友達から「めろんぱんって、視野がこうだもんね。」と、両手で双眼鏡を持つように、周りを隠して見せられました。
その場ではちょっとショック気持ちとからかわれたようないやな気持ちが多少あったのですが、これは後々になって、つい最近特に、ASの特徴そのものずばりをさしている名言だな、と、彼女の観察の鋭さに感服しています。

めろんぱんさん、ぷらたなすさん、レスをありがとうございます。

叱責覚悟の上のコメントだったので、暖かいお言葉に感激しております。

めろんぱんさんにお聞きしたいのですが、ご自身の「おかしさ」を理解したキッカケはなんでしょう?私たちが3年間指導・叱責しても、後輩は「自分はどこか変わっている」と気づいていません。

なんとなく、「人と同じにできない」という思いは、子供の頃からあると思います。でも、それが何かは分からないし、どうすればいいのかも分からない。そうすると、自尊心が傷つかないために、そういう面を見ないように、考えないようにしてしまうんでしょう

 私は、臨床心理士ですが、自分に自閉圏の問題があるとは、かなりの年齢になるまで考えてもいませんでした。ですが、いろいろなつらい体験を積んで、ある時勉強のために、ある専門書を読んだのです。その時に、「ああ、この程度でASならば、自分もそうなんじゃないか。」と初めて思いました。それから、ネットでたくさんの当事者の方と交流して、だんだん確信を持つようになり、受診までこぎつけました。その時初めて、「ああ、これやこれやこれは、全部ASの特性だったのだな。」と、パズルが合うように理解できました。
 自分が「どこかおかしい」と思うということは、大変なことです。だから、ぎりぎりどうしても認めなくてはならない時まで、認めたくないものです。

 いくつものつらい体験を経て、人から言われたからではなく、自分の思いとして、気の持ちようではどうにも変わらない現実だ、と気がつくのだと思います。

めろんぱんさん、再びありがとうございました。

「自分がおかしい」ということを他人から言われても認めない(認められない)のですか。確かに人に「あなたはおかしい」と言われても認めたくないですね。

でも私たちと同じ仕事を続けていく以上、できることできないことを自覚してもらわないと・・・

難しいですね。

散漫なレスになってしまって申し訳ありません。
霞草さんのおっしゃる、「できること、できないことを自覚する」ことは、「自分がおかしい」という意識を持たなくても、持てるんじゃないかと思います。
その人のできる部分をまず誉めること、そして、その人のできない部分だけを、できるだけ「具体的」に指摘して、それに対する解決方法を提案してみて、一緒に考えてゆくことの繰り返しで、少しずつ学んでいく事ができます。
当事者は、自分の人格全部を否定されたとか、どう解決したらよいのか分からない、というような袋小路を感じると、よけいに頑なになりがちですので、それを避ければ、ある程度良くなるのでは。
ただ、これは、今ある仕事の上にさらにエネルギーがかかる作業ですし、中には自分の間違いをいっさい認めない人もいるので、霞草さんがその人に、そこまで考えて助けてあげる必要があるのかどうか。
あるいは、霞草さんの方が、ある部分から先は、線引きをして、上司に「これ以上は私には責任をもてません。」と、判断をお任せしたほうがいいのか、ケースバイケースだと思います。
いずれにしても、負担のかかる立場にいらっしゃることは、お察しします。職場でそのような人と一緒にお仕事をされると、大変ですので、あまりお一人でお悩みにならないように、上司の方とよく相談されるのがいいと思います。
僭越なアドバイスを失礼しました。

めろんぱんさま、アドバイスありがとうございます。

来週年一回の上司との面接(プラス人事への申告書提出)があるので、こちらでアドバイスを頂いたことを参考にさせていただき、相談するつもりです。

後日談が良い方向でこちらに書くことができればと願っています。

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