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2007.04.20

私と精密部品組立の仕事

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【今振り返る精密部品工場の三年間】
★私と精密部品組立の仕事可もなく不可もない幸せ
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今の仕事に就く前、私は三年間、
自宅から車で10数分のところにある、
某社某工場で精密部品組み立ての仕事をしていました。


最近めろんぱんさんからのコメントからの連想や、
それを読んだダンゴ4兄弟さんなど、
複数の方から、「ADHD系の気質があるかも~?」と、
気付かされるメッセージをいただいているぷらたなすですが、
検索してその気で見てみると、なるほど思い当たる事も一杯。
この辺は図星だわ!と思う部分もあります。
そして確かにじっと座った単純作業の繰り返しも大の苦手(笑)。
(特に、めろんぱんさんに教えていただいたこちらは秀逸ですねぇ~)
(この先生の視線は私に似ていると思います。じゃ、やっぱり…(笑))


でも、ここの仕事はとても楽しくて、
当時はプライベートでもすごく充実していて、
私は今でもそれまでの中で、一番夢を持って働けた、
いい職場だったなぁと、思っています。
仲間に恵まれた事もあって、とにかく楽しかったですね。


なので今回は、そのお話。


    *    *    *    *    *    *


えーと仕事のきっかけは、
実は私のその、もひとつ前の食材宅配の仕事が営業系で、
締切日には一軒一軒キャンペーン商品をおすすめしたり、
会社に戻ると顧客に夜遅くまで電話掛けをしたりして、
雰囲気的にちっとも早く帰れない!


私は営業系の仕事は好きなんですが、
他人からああすれ、こうすれ、と逐一指示されるのが嫌いで、
しかも目標と称するノルマを第三者から課されて、
ひたすら煽られるのも嫌い。(この辺も確かに(笑))
プレッシャーがいやなのじゃなくて、
あれこれ指図されるのが嫌いなのよん♪
言われなくてもやるわい、好きなんだもん、セールスとか。


なので、私に関しては放っておいたほうが着々と実績を上げるし、
そのほうが利益のためだと思うんですが、
主に主婦が働いている仕事としては考えられない帰りの遅さや、
目標達成しなければ、
売れ残りは自己買い取りの商品が増え始めるなど、
だんだん収入的にも納得のできない状況になってきたので、
一年後に(これでも長く続けたほう。面白かったから)転職を決意。


そんな中で近くの工場の契約スタッフに転職した元同僚が、
「すごくいい職場だから、ぷらちゃんも来て見たら?」と、
自分の今の勤務先についていろいろ教えてくれまして、
それがその某メーカーの部品工場だったんです。


彼女は求人情報などで見かける胡散臭い製造系の広告を見て、
「近いならなんでもいいや。」と、そこに行ったんですが、
大方のイメージとは裏腹に、その職場は今の会社と比べて、
何もかも非常にきちんとしていて、残業は割増がちゃんと付くし、
用事があるときは断れる。
正社員ではないが社保完備で、制服貸与で食堂もある!
(この制服が工場なのにどこかOLさんぽい。
スカートにブラウスにリボン。作業服じゃない!(同僚感激!))


そこで感動した彼女が、たまに会社に遊びにやって来て、
興奮気味にいろいろ語るたびに、
「私も行こうかなぁ…」と思ったのがきっかけです。
やっぱり時間時間で残業がつくのが、
一番の魅力だったんですよね。
だってその当時会社にいた時間を時給に換算すると、
かなりの金額になるんだもん。
それなら残業代がつくほうがいい、って誰でも思いますよね。


ですが、大きな不安がひとつ!
そう、それは部品の組み立てなんて作業が、
はたして自分に務まるのか?という素朴な疑問。


たぶん、仕事自体は簡単だと思うんですよ。
ですが、それをずーっと一日一杯やっているかと思うと、
やる前から精神的に辛そうで気が滅入ってきます。
体がキツイとか全然そういう事ではなく、
飽きて眠くなって一日中苦しくなってくるんじゃないか?
という心配ですね。


ですが、当時我家は家計がとても厳しかったので、
もう、背に腹は変えられません。
なので、つべこべ言わずになんでもやってみようと思って、
同僚とは違う請負会社経由でその工場に入りました。
(たまたま新聞の折込チラシを見たら、条件が少しだけ良かった)


    *    *    *    *    *    *


さて、学校の体育館三つ分ぐらいはある広い工場のフロアに、
延々と長く続いている作業台の一角に、
私を含めた同期の4人が一緒に連れてこられて、
「まずこれをやってみて」と言われたのが部品の接着。


接着?接着…圧着だったかな?いや、溶着?
忘れたわ、ま、いいや。
とにかく私の初仕事は、DVD光ピックのレンズ周りに、
ある小さな部品をパチンとはめ込む事。


手ではめるのではありません。
冶具(じぐ と呼ばれていた。どう見ても やぐ だと思うんだけど
のへこみに光ピック本体を凹凸を合わせてきちんと入れて、
そこにカバーとなるとても小さな部品を置き、
プレスのレバーを一回上げ下げするだけなんですが…
(その動作によって小さな突起がパチンとはめ込まれる)


うふふふ、これがね…やっぱり私、ミスが多いの(爆)!!


ミスといいますか、まず"落下"が多い!
落下は慣れないうちはたいてい誰でもやるんですが、
他の人が2~3個のところを、私は7~8個。
最初は、「すみません。落としてしまいました」と申告するんですが、
なんかそれ、私ばっかりなんだよね^^。


あと、落下も多いけど不良も多い(爆)!!


本体がきちんと冶具にはまっていないのに、
レバーを上下しちゃって破損させたり、
ハメた気になってピックを冶具から取り出すと、
部品のほうをセットせずにレバーを上下していたり、
極端に目立つほどではないんだけど、
左右を見渡すと、私の不良BOXだけ、
やっぱり少し多いんだよね(笑)。


で、リーダーさんが、「またぷらたなすさん?」て顔つきで、
毎回不良を出すたびに確認しに来るので、
初日からもう、恥ずかしくなってきちゃって…


ただ、私、(たぶん)手先は器用なほうなので、
作業に慣れたりコツをつかんだりするのは早いんです。
だからみんなが手元や指使いが安定せずに、
やりにくくて四苦八苦する作業でも、
比較的早くリズムに乗ってくるので、
"不器用で使えない人"という印象は、
あまりなかったと思うんですよね。
だ・け・ど、ミスが多い(笑)。
それも「なぜ?」みたいな変なの(爆)!!


    *    *    *    *    *    *


で、初日は眠くなる間もなくあっという間に終わり、
2日目、3日目もその調子で、
不慣れな必死さで退屈を感じるひまもなかったんですが、
さすがに一週間ぐらい経つと、飽きて来ましてですね~(笑)
大嫌いな数学の授業が終わるのを今か今かと待つように、
1分おきに時計を見て、休み時間のチャイム
(工場では学校と同じチャイムがなる)が鳴るのを、
毎度毎度待つような日々になってきました。


ミスはずっと減りましたけど、やっぱり人よりは少し多いね。


私たぶんね、こういう単純作業を延々とやっていると、
無呼吸の人が睡眠中息をしていない瞬間があるように、
ふっと頭の中が空白になるときがあるんだと思うの。
きっと、そういうときに変なミスをするんだよね。
部品を取り付けていないまま流しちゃうとか、
部品をハメたものにもう一度上からまたハメてしまうとか。


今はわかるよ、そんな風に。
でもそのときはどんなに気をつけていても、
「ちょっと、一体なんでこうなるのよ?」と、
同僚が不思議がるような不良を出すので、
私ってやっぱり向いていないんだなぁ、なんて、
思っていました。
他人と比較しても、はっきり言ってこういうのは、
素質がないと思いました。


で、状況が変わったのがそのときの班長が、
実績数を取り始めたときからで、
たぶん一番最初は4人で分担した流れ作業で、
1日400個ぐらいだったと思います。
そして班長がそれを見て、
「うーん、400か。まだまだな。」って言ったの。


それですっかり仲良くなっていた4人が、
「いったいどれぐらい行けばいいものなんですか?」と聞いたら、
「普通にやって800だろな。」って言うのね。
「えーーっ!今の2倍じゃないですか!えーーーっ!」
と口々に反応して、すると班長は、
「まぁ、数は段々上がってくるものだから、
800を目指して頑張ってみてよ。」


そこからですね。思い切り調子が上がってきのは。
だって自分のところで流れを止めるわけにはいかないし、
仲良くなるとライバル心も芽生えてくるから、
次の行程の隣の友達から、「製品まだ?」と言われるよりは、
バット三枚ぐらい余裕で溜めて、おらおら!と煽りたい(爆)!


そしてこうなると私は本格的にスイッチが入るので、
退屈な作業で飽き飽きする気持ちよりも、
「ガシガシ作って煽ってやる~!」という思いのほうが、
勝るんです(笑)。ぶははは!いや、心の中でよ?
そんなの絶対表には出しませんよ~(笑)


なので不良も格段に減り、
手のスピードもさらに段々上がって来て、
「ちょっと、ぷらちゃん、早いよ~、待ってよ~(笑)」
と言われたりすると、もう、かなりいい調子ですね(爆)!
波に乗るってのは、こういうことだな(笑)。


そして私達は次の一週間で800をらくらくクリアし、
あまりにうれしかったので班長を囲んで、
飲み会まで開いてしまったんですが、
楽しい事は長くは続きませんでした。


4人で作っていた光ピックは限定品だったらしくて、
あっという間に終わりになってしまったんですよね。
そして私達はバラされ、私は一人だけ半田付け班へ。


そして、ここで出会ったのが、
瀬長さん(当時40代後半女性/仮名)。
そう、うちの大師匠(笑)。(当時)


※あれ?当時の彼女って今の私と同い年だね。
※でも思い出してみても彼女が今の私と同じなんて思えないな。
※痩せて目が引っ込んでいて顔立ちが50に近い感じだったし、
※やっぱり、先輩!という目線で見ていたからでしょうか…


彼女は私に何かと横から突っ込みを入れてきた人で、
最初はイビリかと思って最高に感じが悪かったんですが、
その時の詳細は二年前に「'ダメ出し'さん、いらっしゃい!」で、
詳しく書いたのでここでは触れません。
(あら、日付を今見たら本当にちょうどきっかり二年前だわ(笑))


ならば今回何が言いたいかというと、
私はそのとき、「いつか絶対コイツを抜かしてやる!」
と、思ったことで、そのためには質も量も上回らないとダメ!


そう思い始めると、1秒でも2秒でも…
極端な話、何ミリセクでも早くなるために、
冶具の位置を変えたり、
両手を効率よく同時に使う手順を考えたり、
見なくても手触りでトレーのくぼみに、
一発で光ピックを置けるように手際を練習したり(笑)、
思いついた事をひとつひとつ実行するたびに、
それが数字に反映するのがとても楽しかったんですね。


だから、特に数字的な目標は提示されていなくても、
私は自分で休み時間の度に仕上げたピックの数を数えて、
毎日メモ帳につけていきました。
で、瀬長さんの完成品トレーの段数も数えて、
「よし、もうすぐでイケル!」と思ったり(笑)。


品質も同じですよね。
早いのに不良の少ない人の手際を見て、
部品の押さえ方とか半田ゴテの持つ位置、角度、
左手の半田線のさばき方とか、両脇の閉まり具合とか、肘とか、
かなり見てましたね~(笑)


それで最終的には追いついて抜かして、
気持ち的にはすごく満足!(笑)
もう「怖いものなし」状態(爆)!!
これで楽しくないわけがない(笑)!


それまでには二人とも先輩後輩の間柄から、
ほとんどカラオケ飲み友達になっていたので、
すごいムチャクチャ明け方まで飲んで歌って遊んだし、
周りの仲間達とも一緒に職長や班長や男性性社員達と、
しょっちゅう合コン?とか(笑)、もう、第二の青春状態でしたね。
ほんと、楽しかった。(酒が?いえ、仕事もですよ(笑))


工場でも私が働いていたような大手は、
組合があってあまり社員に残業をさせないのですが、
当時はそういった組合的な発想を
協力社員のほうにも適用してくれたので、
納得の行かない残業というのはなかったですし、
何時間作業したら何分休む…ときちんと決められていて、
2時間を越える残業のときは、(当時)パンと牛乳も、
出たんですよね。しかも、残業は、
何時間前までに申請するなどとルールとなっていて、
そのときになって、「あ、ちょっと残って!」というのもない。


だから、非常に予定が立てやすく、
そういった時間でカツカツに区切っていく大きな企業の工場は、
本当に生まれて初めてだったので、
私はとても働きやすく、家事もマメにできてよかったなぁ…


やがて所属の請負会社が違う瀬長さんとは、
別々のラインに分かれ、私はその後会社の事務所に上がり、
(業務は、ほとんど今と似たような仕事へ)
その後「正社員になるかならないか?」という話の最中に、
企業が主たる生産ラインを中国に移す事にしてしまったので、
私達は解雇通知をもらったり、撤回されたり、
非常に先行きが不安定になってきました。


そしてこれからお金がかかるとわかっている、
長男の高校受験を目前にして転職を決意。
数年ぶりに街場に出ることを決めて、
今の仕事にやって来たわけです。


    *    *    *    *    *    *


今、当時を振り返って思うのは、
どんなに苦手な単純作業でも、
目標を持ったり誰かの追い落とし?を継続的に狙ったりして(笑)、
自分の心の中で、楽しく面白い作業に変えていけば、
退屈な事なんて全然ないんですよね。
仕事を遊びにしちゃうんです。


大きくなってからは全くやりませんが、
私は小さい頃プラモデルを組み立てたりするのが好きで、
本来手作業は嫌いじゃないし、
何か自分の世界に没頭するのも好きです。
だからガーッと外に向かいたい気持ちと、
とことん内に篭りたい気持ちと、極端な二面性があるんですよね。


だから、それらを自分でうまくつなげてやる事ができれば、
仕事はどんなものでも案外楽しくやれるんだな、と、
そのときの三年間は、とてもいい経験をしたと思っています。
そして、当時のスタッフ管理が今の自分の仕事の、
大きな土台にもなってますしね。


私はやっぱり、自分で色々考えて、
工夫できる仕事が好きなんですよね。
だから、マニュアルがガチガチにあると、
本当に息苦しくてそういう業種は続かないと思う。
また、トラブルやアクシデントも、
「ここが大ボスだぞー!」と、
自分がRPGの主人公になったような気持ちで、
仕事なんてゲームのようなものだよな…なんて、
思うときもあります。


いろいろ頭を抱えても結局悠久の宇宙のゴミみたいな存在だし、
失敗しても成功しても明日世界がなくなるわけじゃないし、
そうやって自分と現状を切り離したりくっ付けたりしながら、
この先もやっていくんだと思います。


もしADHD傾向の人がいて、私ってどうしてこうなんだろう?と、
大人になっても自分が嫌になっちゃっている人がいたら、
なんでも自分が面白い!と思う方向に変えて、
目的をすり替えちゃえばいいんじゃないかと思います。


※なので片付け物をするときは音楽が欠かせません。
※まずは、BGM選びから入ります。
※そして、そのままBGM選びに没頭して時間切れとなる!
(実は新たにお気に入り集を作り始めていたりする!)
※どうだっ!参ったか(笑)!御同類は手を上げよう~(爆)!!!


でももし、私の感覚とADHDの人の感覚が同じなら、
たぶん、そこまで落ち込んだりはしないですね、きっと(笑)。
「アタシってダメなやつよね~♪」とか、わーわー騒ぎながら、
自分をいいネタにしつつ、能天気に生きていくかも!
なーんちゃって!!!(いや、私がそうなんで(爆)!)
 

 
【自分の仕事史に関する最新の10件】 ※目次はこちら
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.ビューティフルヒューマンライフ」カテゴリの記事

コメント

治具は「じぐ」でいいんですよ^^
自分もよく治具を使って機械加工や整備をしてましたよ
そういう職につけるといいんだけど…
田舎だからなかなかなくて
あと、ラインの作業はモタモタしがちだし
慣れてくると不注意になるから出来ません(><)

>治具は「じぐ」でいいんですよ^^

くるつさん、ご指摘ありがとうございます!
治具ならわかるんですが、私の職場では冶具と書いていたので、この字(冶)は、冶金(やきん)の"や"だろ?なんて、勝手に思っていました(汗)…改めて検索したら、jigの当て字みたいなんですねーっ!もう、びっくりです!元々は日本語じゃなかったなんてっ!!!

私の地区は近郊地区なので工場がいくつかあっていずれも半径10キロ以内なのですが(日記の工場は4.5キロ)、車で40~50分のところまで足を伸ばすとデバイス関係の工場は結構あります。なので、ちょっと申し訳ない思いです^^;

私のかつて居たラインも今は完全機械化されて、私が辞める頃には30人の工程がひとつの自動化された仕組みに集約されて半田付けもロボットがやっていました。辞める頃にはそれを一人で三本受け持って、始業後一時間後には鼻の頭から汗がしたたる運動量でしたよ(笑)。アラームが鳴るたびに遠くまで走っていきますから。なので今はハイテクな工場ほど逆に体力勝負になるかもしれませんね(人が少なく監視範囲が広い!)。

くるつさんも自分に合う仕事が見つかればいいですね!あるとき突然「そうだ!この手がある!」と思いつくかもしれませんよ、きっと!(と、無責任に言ってみる^^;…)

ですよね^^;
しかし女性で冶金を知ってるとは驚きです
協業関係でしか習わない用語なのに…
ここにいては、いい仕事にありつけないような気がします
日記にも書きましたが、発達障害について全く理解されないどころか、鼻つまみ者として面接拒否までされるようなところです
地方は人材を養うほどの財力が無いんですね
トライアル雇用の壁も高いです
現在、障害者でいくか、いかまいか迷ってるところです

こんばんは!え?やきんですか?なんか普通に知っていた私って変??(笑) なのでうちの工場で使われていた文字の(さんずいではなく)にずいが気になったわけです^^

>地方は人材を養うほどの財力が無いんですね

私の住んでいるところも「地方」ではありますが、そこそこ町に近いというのが工場がたくさんある由縁なのでしょうね。話は変わりますが、うちのご亭主の実家は大分ですが、新日鉄の工場はデカくてすごいですねぇ…私は工場の外観を見るのも結構好きで、
http://d.hatena.ne.jp/wami/
この方のサイトを見たときは、感動というか共感というか、そうそう!って思いました。

話題を戻しますが、今は何につけ余裕の無い時代だと思います。職人力(←今勝手に作った言葉(笑))が軽視されていますし、融通の利かない頑固親父でも「いいもの作るからいいじゃん!」には決してならないですよね。頑固親父でも営業しなくちゃいけないし、人を雇えば若者は離れていくかもしれないし、人が自分の得意技に特化した分業ももっとあっていいと思いますよね。特に他人と関わることなんて、苦手じゃなくても面倒と思う人はたくさんいますもの。ね。


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