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2006.11.10

否定は相手を逃避をさせる

綺麗なものが好きで見た目を重視するうちの母が、
もうちょっとだらしなくて人目も気にしない人だったら、
逆に私の子供の頃の「整理整頓」と「忘れ物」は、
それなりに改善されていたかもしれない(笑)。


うちの母の「きれいな部屋」は、
ゴミが無くて物が片付いているだけじゃダメなんですよ。
そこに絵とか花とかがあって、
美しいものがあるのがお好みなんですねぇ~


だからいくら片付けても、
見た目の美しいものにあまり興味のない私は、
どんなに頑張ったところで母の評価が得られるわけも無く、
学校に行っている間中は、
「汚い」「乱雑」「殺風景」とキーキー言われ続けましたが、
それは絵に書いたような女の子の部屋になってないからです。


むしろ、人が快適と思っているところを、
そう毎日毎日不満ばかりぶつけられていると、
本当にそろそろ掃除したほうがいいような時でも、
「これのどこが悪いのっ?」とムキになってしまうんですよね。


指摘された中身よりも、
いちいち突っ込みを入れてくる事実のほうに腹が立ってしまい、
こうなるとどんな事でも耳を傾ける手前でシャットアウトです。
それについての話を聞くのさえイヤになり、
そのうち、部屋をきれいにする事自体に興味が持てなくなります。
人って自分が好きなようにできない事ばかりが続くと、
「だったらあんたがやれば?」と放棄しがちになりますよね。


黙っていればそれなりに自分の欠点に気が付いて、
少しは工夫したり努力したりするはずの物を、
気になる人が相手に注意や助言をしすぎるために、
余計に相手を頑なにしていまい、
良くなるものも良くならなずに、
逆効果になる事があるように思います。


    *    *    *    *    *    *


さて、今の私は、新人さんを研修したり、
誰かを指導する機会がとても多いのですが、
自分のそう言った経験から、
相手を嫌悪したり拒否したり蔑んだり、
とにかく感情的に否定する事だけはしないよう心がけています。
そういう雰囲気みたいなものって、
言葉に出さなくても必ず伝わるものなんですよね。
だから、「え!」と思ったり、カチンと来たら負けかな?なんて。


教える側がそうだと教わる人が萎縮して、
自由で豊かな発想や本来の力量が発揮できない、
という事もありますが、
人って自分が相手をイライラカリカリさせているとわかると、
気持ちがそちらのほうに向かってしまって、
問題の本質を見失ってしまうんですよね。


「あの人が怒った」「あの人が怒鳴った」
だから怒られないようにしよう、怒られなければそれでいい、
というように、状況をよく自分で吟味して考えないで、
すぐに保身的な判断をしてしまうのは良くある事ですが、
もう少しかしこい人になると、
「相手を感情的に否定するのは大人の教え方じゃない」
などと、指導の態度に反感を覚え、
自分もまた指導者を否定し、助言を軽んじるようになるよ。


でもそれって、問題のすり替えだし、
責任転嫁でもあるんですよね。


間違いを指摘し、不注意を諌めても、
パフォーマンスのし方が良くないと、
「け。またか。いつもガミガミうるさいな」と、
心底不快に思って不満を持つわけですが、
それじゃ、実際に間違ったり不注意だったりした、
自分のミスは「今後気をつけよう」と思うかというと、
そうは思わないものなんだよね、これが。


そうやって大人気ない指導者の大人気ない部分ばかり気にして、
自分のどこかを自発的に直す努力からは、
段々遠ざかっていくような気がします。


でもそれはやはり、自分の至らなさを棚に上げて、
何もかも人のせいにしてしまう、
現実からの逃避だと思うんです。


    *    *    *    *    *    *


私は、新人さんが自分の等身大の現実を認めようとせずに、
相手との相性だの教え方だのに違和感を持って、
真実から目をそらす態度には持ち込ませないよう注意しているの。
問題をすり替えさせない。わからない事を人のせいにさせない。
間違いはあくまでも間違いで、
不注意はあくまでも不注意で、
ダメなものは誰がなんと言ってもダメ。
それは、以上でも以下でもありません。
そこにそういった事実が結果としてあるだけです。


それをご本人がよく理解して、
自ら自発的に「これじゃダメだ」と思うためには、
人間同士の軋轢は、大変大きな障害になると思うんですよね。


だらしの無かった私が、少しずつシャキッとしてきたのは、
母の目の届かない職場という社会で一人歩きをはじめ、
失敗の結果をすべて自分だけの手に取り戻したからなんですよね。
きちんとしていないと、困るのは母ではなくて自分なんだ、って。


そういった意味で、慌てん坊のうっかり屋さんは、
周囲の見守りの中でもっと自由にミスをして、
そのダメージをその人だけがストレートに受ける環境も、
必要なのではないかと思います。


小さい頃からそそっかしい人は、
怒られてばかり育ってきているので、
失敗もその結果も常に他人の感情的な手垢にまみれて、
そのままでは、その人を成長させるいい因子になっていません。
それをね、その人自身の手に返してあげたいんだよね、私。
自分の至らなさが「他人の問題」じゃなくて、
「自分の問題」となるような環境に置いてあげたいですよね。


そのためには、
自分への否定感を強く持っている人達の中に置いてしまっては、
ダメかな、ってちょっと思います。
他人の反応ばかりを気にしてしまう事で、
正統で適切な仕事のスキルアップから
逃避させてはいけないと思います。


次回に少し書こうと思いますが、
今から伸びていくの初期の未熟さが、
気になって気になって仕方ない人の思考回路って
どんな風なんだろ。


自分の隣の新人さんに対しても、
班長のレイちゃん(20代後半/女性スタッフ/仮名)のところには、
「これもできない、あれもやらない」と、ブーイングのメッセが、
複数の人から寄せられているのが今日わかりましたが、
そう思っている人が隣にいる限りたぶんその人はあまり伸びないよ。


そこで「今に見てろ」と、
一念発起して奮起するのが「やる気」ではないか?
という人もいると思いますが、
「やる気」というのは案外、自分が期待され認められている場でこそ、
湧き上がるように生まれてくるもののように思っているし、
真の意味でリーダーが不在だと痛感している集団では、
評価されたい対象もいないというのが現状かもしれません。

どうやら最近、私の足元では
今までとは違う冷ややかな雰囲気が生まれて来ていて、
また少し、人に優しくない居心地の悪い職場に逆戻り?
でも、ブーイングする人達ってみんなタイプが似ているんですよね。
次回はそれについて書こうと思います。

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コメント

うちの母も毎日宿題をさせる時に、
横に張り付いて問題が解けないと平手が飛んで来ました・・・^^;

お手伝いをしようと慣れない手つきでやると、「も~~~駄目!貸しなさい!」と仕事を取り上げられてました。
そうされたことに関しては、どこかで「やっていいのかな?」って奥手になりますね・・・。

そしたら、出来なかったことが出来たらそのレベルに関係なく認めてあげて、違うことなら過不足なく事実を指摘してやる。
まず感情ありきでは・・・事実が頭に入りませんよね・・・。

自分は駄目だから怒られると思います。
問題が解けないから駄目な子なんだと。

今から思えば親も子育てなんて長男だったら初めてなんだろうし、完璧には出来ないんでしょうけど・・・。

>今から思えば親も子育てなんて長男だったら初めてなんだろうし、
>完璧には出来ないんでしょうけど・・・。

私もうちの母に対しては、自分があれじゃ仕方なかったかもなぁ…と、今は理解があるし、仕事でいろいろな人に接するにつけ、理解できないタイプの人が目前に現れた時の反応って、本当に人それぞれで(笑)、例え親子の間柄でも組み合わせによってはアンマッチングのストレスってあるように思いますけど、それもまた運命みたいなもんで、しょうがいんですよね。

でもうちの母って仕事や趣味のサークルなどでは人に優しく理解があって、案外「いいヤツ」なんですよ(笑)。なので、職場の人間関係の話などをすると妙に価値観が合ったりするのですが(!)、事、家族に対してはこらえ性がなくなるんだねぇ。。。

ま、誰でもそういうところはあるのでこれもまた、仕方のない話ですけどネ^^;

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