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2006.04.02

あぶらむしとままこ

昨日、気が向くと読みに行く「らんきーブログ」というブログで
「お楽しみに♪」 はいつの日かという記事を読んだ。


ライブドア以降、様々な情報が入り乱れて、
「面白いもんだな~」と巡回し始めた、
blog群のひとつだったんですが、
主題の民主党前原代表の辞任よりも、
記事中の「あぶらむし」の話が、私の興味をひきつけた。


余談ですが博多では4~5歳の遊びのルールがわからない子でも「あぶら虫」と本人らにはわからないように呼んで、遊びやゲームの得点や重要な役には入れないけど仲間には入れてやったりして、皆と同じように遊ばせてやるような決め事があった。


うん、うん、そうそう!
私のところでも同じルールがありました!
私達はそれを「ままこ」と言っていたんだけど、発想は全く同じ。
仲間には入れてあげるの。低学年でも幼稚園児でも。
でも勝敗には絡ませないの(笑)。


ままこは、かくれんぼで見つかっても鬼にはならないし、
鬼ごっこでもターゲットにはならない(笑)。
みんながキャーと言って逃げれば一緒に叫んで逃げるし、
「隠れろ!」と言われれば隠れるし、
右に走れば自分も右に走るけど、
要するに盆踊りと同じく周囲の人のまねをして、
参加気分だけ味わっているゲストのようなものだ(笑)。


が、遊びというものは、
勝負がかかっていればいるほど、
ノリの悪いメンバーは入れたくないわけで、
今思えば、ルールも理解できないような
そんな手ばかりかかる幼児を
なぜ混ぜてあげていたかというと、
「異世代交流」とか「みんな仲良く」とか
私達が思っていたわけもなく(笑)、
要するに、それが単なる習慣だったからだ。


最初は誰も皆「ままこ」として集団に入れてもらい、
やがて運動能力もついてルールが理解できると、
「ままこ」じゃなくなる。
それを決めるのはリーダー役の6年生だったけど、
一度「ままこ」じゃなくなっても、やっぱり調子悪くて
元に戻ったこととか…あったのかな??


いつのタイミングで「ままこ」じゃなくなるのかも
もうすっかり忘れちゃったけど、
あれはやっぱり伝統として伝わっていた
いい習慣だったと思う。
弱いもの、劣っているものでも仲間に混ぜることができて、
それでいて勝ち負けや遊びの面白さなど
自分達の大勢に影響が出ることがない。


「ままこ」は幼稚園に入る前から
すでに地域の遊びのグループの一員で、
集団のルールや雰囲気などを、
言葉じゃなく一緒に行動することで、
肌で覚えていけたんじゃないかな、と思う。


    *    *    *    *    *    *


私が小さい頃、4階建て1棟24戸の当時の官舎では、
ほとんどの家に中学生以下の子供がいて、
遊びの集団の人数は常に10数人。


それに隣のバス会社の社宅の子供達一派や
米屋のチエちゃん周辺のグループが入ると、
30人近くにも人数が膨れ上がった。
そのときの流れで、今日はやたら人数が多いな~と
思う日もあり、けれど人が多いのは壮観でうれしかった。


リーダーは6年生と決まっていて、
中学になるとそのコミュニティから卒業する。
学校から帰ると宿題なんか誰がやるか?って感じで、
北側の窓から人の集まり具合を眺め、
頃合を見て階段を下りて行くときもあれば、
仲よしと約束して女の子数人でゴム跳びなんかしていると、
それに「ま~ぜ~て!」と、どんどん人が混ざってきて、
細々としたゴム跳びから
跳び縄を二本結んでつなげた大縄跳びに切り替わったりした。
なんか本当に学校で遊んでるみたいだったよ。


そういえば、「やーめた」「一抜けた」などのセリフで、
遊びに飽きてくると次々と離脱表明が発せられて、
それじゃ次に何をしようか?というときに、
年齢の順に並んで、小さいほうから、
希望を聞いていくなんて習慣もあったなぁ…
そこで何が出たって、
結局6年生が決めたりするんですけどね(笑)。


私は仲間の男の子の三歳の妹のミカちゃんが
「ままこ」だった時のことをよく憶えているけど、
自分が「ままこ」だった時のことも少し覚えている。


確かままごとで寝たきりの病人の役を
やらされたんじゃなかったかなぁ。
それで目をつぶっていたら、
お母さん役の順子ちゃんに鼻の下を
エノコログサでくすぐられて、
思わず笑い出したら、
「動いちゃダメでしょ!」って怒られたんだった。


あ、「動いちゃダメ」なんだから、
死んだ人の役だったのかもしれない(笑)。
小さい子供同士の遊びなんて、
死人も病人もなんでもアリ!だからね~(笑)。
参列者がお線香立てて拝みますから。
で泣きマネとか本気でしますから、シナリオ上(爆)!


そんなの大人が見たら、当時だって
「やめなさい!」って言っただろう(笑)。
が、大人は一切関わってないので、
知る由もない。


なんたってままごとはリアルな人生の縮図なので、
お母さん役の人がお父さん役の人に、
「またお酒ばかり飲んで帰ってきてっ!」とか、
「浮気したでしょっ」とか毎日やっていたような気がする。
ま、これが子供の現実ってもんですよ(笑)。


何の悪意もなく天真爛漫にやっていても、
変な意味をあとからくっ付けるのは「大人」ってことで
片付けちゃいましょう、この場合は^^。


    *    *    *    *    *    *


私が小さい頃は、そんな集団遊びに明け暮れた日々だったけど、
実はそれも私達が最後の世代だったかもしれない。
すでに学区の中では仲よし同士の数人で遊ぶのが一般的で、
当時の私達のように幼児から小学生まで男の子も女の子も
一緒になって遊ぶスタイルは、私のように官舎に住んでいるか、
国鉄アパートや警察アパートの子供達に限られていたと思う。
この方式は、湧いて出るぐらい子供の多い地区で
毎年世代交代が発生するぐらいでないと成り立たないのだ。


しかも私が高学年の頃には、少年野球が盛んになってきて、
男の子達が練習日にはいなくなってしまったし、
女の子もバレーボールが流行って、
高学年の気持ちは遊びよりスポーツに向かってきちゃったしね。
あの小学校の学区では、本当に最後の集団遊びコミュニティ
だったんじゃないかと思う。


    *    *    *    *    *    *


子供が生まれて親と同居することになり、
両親が建てた家のある今の地区に来たときは、
子供達が全然集団で遊ばないので、
もうびっくりよ。


農家の子は自分の畑か庭先で幼稚園までは兄弟だけで遊ぶ。
一戸建ての家の子は隣や近い家の子とだけ遊ぶ。
当時横浜の中区にいた妹が、
「お姉さん、今のアパートは
 私達が昔住んでいたYアパートみたいに、
 小さな子から大きな子まで今でも集団で遊ぶんだよ!」
と懐かしさと驚きの口調で話していたのとは大違いだなぁ。


そしてどこの家の子供達も本当に大人しいのだ。
女の子なんか、大きくなっても自己主張がないよ?
いや、男の子もそうだな。
子供会の役員なんかやると、お母さんばかりが元気で、
子供は言われたことをやるばかり。
うちらはこんなじゃなかったな~
(だいたい親の出る幕なんかなかった。
ていうか親なんか入れなかった。ヤダもん(笑))
と思うと、懐かしいやら物足りないやら。


私は自分が風呂がなくトイレも共同の家ばかりの
住宅密集地で育ったせいか、
生意気で口が達者で小賢しい密集地の子供達の
パワフルな感じが大好きなのだ。
だって多かれ少なかれ人にもまれて生きているから、
みんなタフでエネルギッシュなんだもの(笑)。


私は、そんな自分を育んでくれた
あの頃のあの地区がとても好きだし、
小学生の時期をあの場所で過ごせたことを、
とても誇りに思うし、宝物のように思っているんだよね。
本当に素敵で楽しい子供時代だったと心から思っている。


私は6年生で転校しちゃったので、
当時の仲間とはそれきりで縁が切れ、
今はもう、誰がどこにいるのかも全然わからないけれど、
あの時の仲間達の誰もが、「あの頃はとても楽しかった!」
と、絶対思っているはず。


そんな事を思うにつけて、
やっぱり子供は幸せでなくちゃいかん!と、
強く思うわけです。


    *    *    *    *    *    *


あぶらむしの話から、えらく脱線しちゃったけど、
子供の数自体が少ない現在では、
いい伝統もどこかで途切れちゃうのは仕方ないんでしょうね。
人間は異質なものを排除するようにできているので、
一度伝統が途切れてしまうと、誰もそこに歳の違う
新しい仲間を無条件に迎え入れようなどとは思わないでしょうね。


市内でも北のほうでは、
高校を出るまでは地区のリーダーとして、
小中学生の行事に参加する習慣の場所もあるようで、
彼らは大人になっても変わらず一緒に遊んだり、
結構結束が固いようです。
彼らも若いのにそれを語ると熱いですよ~。
地元のお祭りで再会するのがルール?らしいし(笑)、
それもまた、地域の伝統の形なんでしょうね。


駅東部地区の再開発で、
借家やアパートじゃなく持ち家だった人も、
立ち退きでバラバラに散ってしまった私達。
みんなどうしているかなぁ。


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コメント

ぷらたなすさん、こんにちわぁ(^o^)丿

そちらの方では「ままこ」って言うんですねぇ。
こちらでは「おみそ」「みそっかす」って呼んでました。
趣旨は全く同じで、そのままでは一緒に遊べない、小さい子や障碍を持っている子を遊びの輪の中に入れる、子供の間の「知恵」みたいなものでした。
このシステムは、誰に言われるでもなく、大きい子から連綿と受け継がれて来た物だと思いますが、外遊びをしなくなった昨今、幼少時からのこの手の「思いやり」を身に着ける訓練がなせれなくなり、ひいては社会全体の「やさしさ」が「理性」のみによって担保されているような、気持ちの悪さを感じている今日この頃です。
「慈悲」の気持ちの根源は、多分誰でも持っていると信じている(楽観的!)のですが、それを外部に出すには、なんらかの訓練が必要なのかも知れません。

う~みゅ、深刻な問題なのかもしれませんねぇ~>少子化

ガーン…

「みそかっす」の意味を、今初めて知りましたorz…そういう事だったのか(笑)!仙台でも「ままこ」という言葉を知っている人は同年代から上の人達で、ちょっと若い人になると誰も知らないんですが、それで私の少し年下の男性に「ねーねー、『ままこ』って知ってる?」と尋ねてみたら、「知っているよ?みそっかすのことでしょう?」とあっさり言われてショックでした。標準語を知らなかったぷらたなす!

>社会全体の「やさしさ」が「理性」のみによって担保されているような

わかります、これ!!「やさしさ」は感情であって理屈じゃないんだよ、社会の中で自然に身についく習慣であって「こうあるべき」という目標で憶えなければならないルールじゃないんですよね。

時間になったら親と一緒に公園に出かけてママ達の世間話の脇で砂場をほじくるのが外遊びなんてとんでもない(笑)!あれは日が暮れて夕飯時に呼ばれるまで大きな人の後にくっ付いて一日一杯外にいるのが「外遊び」ですよ(笑)。

でも今は物騒な事件も多いし、そもそも集団で野放しで遊ばせてくれる場所もないですもんね。私の育った官舎は今も同じ場所にありますが、今は敷地一杯が駐車場になっていて、とても子供達が遊べる雰囲気ではありません^^。

私から見ると、仕組みも消えて、余裕も寛容さもなくなっちゃった時代のように見えますが、それでも今の子供達が大人になったときには「あの頃は良かった!」と、「今」を嘆くような言葉をきっと発するんだろうな。その時は何を一番懐かしく思うかな~。未来の大人達に聞いてみたいですよね。意外なものだったりして(笑)コンビニの思い出とか?

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