スポンサーリンク




« 同期は取れていますか? | トップページ | けるさんへのレス »

2005.11.05

論理的ってなに?

何かの検索でHITしたサイトに


数学は、自然科学の母であり、
すべてのサイエンスにとって必要不可欠な
理論的思考を与えるものです。


という一文があった。
「数学教官室」)


それ以来、「理論的」という言葉が
折に触れて浮かんで来る。


先に書いた「技術屋というタイプ」の人達は、
どちらかというと、そういった発想を
得意とする人達ではないか?
と、感じていた。


私は数学が大の苦手(笑)。


小学校4年生で割り算が理解できず、
早々と戦線離脱した数学の「落ちこぼれ」」ですが、
それでも息子達に問われて問題集を見てみると、
自分が(当時の)彼らと同じ中学生の時分には
決して解けなかっただろう…と思われる問題が、
今ならあっさり解けたりして、かなりうれしかった(♪)。


もし「数学の能力=理論的思考力」
という等式が成り立つのならば、
するって~と、これは、「頭が良くなった!」というよりも
大人になってからの社会経験や業務で、
ちょっとは「理論的思考」ってやつが身について、
その副産物として数学のほうも多少理解できるようになった…
ということなのかな(笑)。ふむふむ(笑)。


経験の全くなかった分野の仕事に就いて、
無理やり頭を使わせられるのも、
悪くないもんだなぁ(笑)。


    *    *    *    *    *    *


私は元々「理論的」な人間ではないと痛感している。
本当はむしろ、その逆に近いんじゃないかな。
じゃ、そんな自分を「何的」って呼べばいいんだ?
論理的の反対語ってなんだろう。
そもそも「理論的」ってなに?


「理論的」という言葉に興味を持った私は、
いろいろ検索しいるうちに、
こんなページに出会った。


思考方法:論理的な思考を邪魔するダメ意見
(川村渇真さん)


ここで使われている言葉は、
「理論的」ではなく「論理的」のほうで、
反対語を探すのに、なかなかピンと来ないので
理論→論理、とひっくり返して検索してみた結果。


こちらの方の意見に同感で、
微妙なニュアンスの差は感じるが、
まぁ、天と地ほどの開きはないだろう、という事で^^;
以後、「論理的」という言葉のほうを使って
思ったことを書いてみたいと思う。
(「論理的」じゃなくて、ごめんなさーい(爆)!)


    *    *    *    *    *    *


…ということで、さて、
紹介させていただいた上記の川村渇真さんのサイト。
私には非常に興味深くて面白く、
ついついあちらこちらをクリックして
相当長居してしまったのだが、
「論理的」とは、要するに、


目的に関するすべての問題に対して
解決方法が盛り込まれていて、
矛盾や無駄が分析によって排除され、
汎用的、そして一元的に体系化された
システム(仕組)を作り上げていく思考
なのだな…
と、長文の斜め読みではあるが、自分なりに解釈する。
なるほど!


それはコンピュータの世界に限った事ではないという
筆者の意見には共感する。


しかしながら、
文中にダメ意見として取り上げられている
以下の意見には耳が痛かった(笑)。


・論理的な検討を邪魔するタイプ
  ・論理的が必ず良いとは限らない
  ・やってみなければ分からない
・良し悪しを無効化するタイプ
  ・完璧なXXXなんて不可能だから
  ・根拠のない意見も大事


これらのうち、上の3つまでは
私が特定のシーンで、似たようなセリフを
何度か口に出したことがあるものだから。


あ~、やっぱり私は"非"論理的なヤツなんだな~(笑)。


    *    *    *    *    *    *


論理的の反対語を検索して調べて見ると
「感覚的」「感情的」「心情的」などとある。


「運動⇔静止」「自立⇔依存」などのような、
固定的に認識されている対義語は無い模様で、
書いた人やサイトによって結構バラけている。


待てよ?
でも、私は
「やってみなければわからない」
「完璧なものなど有り得ない」
などという発言を、決して感情で発したわけではない。


今は、話し合いの場として正常化したが
過去、私の課では、
どんな議題の元にミーティングを開いても、
最終的に、責任者のつるし上げ大会になってしまい、
「建設的じゃないし、時間の無駄だなぁ…」
と、感じることがしょっちゅうあった。


今は、元凶?となっていた方達が移動してしまったので、
皆均等に発言するようになって「話し合い」が出来ているが、
彼らは新しいイベントが発生するたびに、
責任者の認識不足や計画の曖昧さ、
見通しの不透明感などに、言葉尻や揚げ足を取るような
異の唱え方を繰り返してきたが、
そもそも、それらの意識を合わせ、
合議するためのミーティングだよ?
なんかおかしくね?


「人は?物は?場所は?経費は?」
ほら、あなたは何一つ
明確に答えられないではないですか?
そんな馬鹿なことってないですよね?
そういうところをはっきりさせないで、
安易に仕事を引き受けてさ~、まったく…
それって全然話にならないじゃない!」


切れ者で理論派と呼ばれる一部の人に
そう激しく追及されては、
理屈で彼らに歯が立たない課長代理や主任達は
原案を引っ込めざるを得ず、
会議は毎度毎度、「確認します」で次回に持ち越され、
期日が迫っているのに、一向に何も決まらない。
フロント業務をこなす私達スタッフは、
その進捗の悪さに、どれほど困ったことか。


他人を批判するのなら、その根拠ばかりでなく
「だったらどうすればいいのか」までを自ら発案すべきで、
二時間という貴重な時間を割いて行われる
「ミーティング」というシステムの中で、
彼らの発言は目的に添っておらず、
「時間」というリソースを無駄遣いし、
その行動は一見論理的に見えて、
実は全然そうじゃない。


そんな毎回の状況を憂慮した私が、
場の空気を変えたくて発した言葉が、
前述の「ダメ意見」によく似た
「そこまで論理的に定義されていなくても…」
「やってみなければわからない部分もあると思いますが。」
「完璧なものなど有り得ないし
そのために割くべき時間はもうない。」
だったりしたわけです。


「ぷらたなすさんは、いいから。
これはオレと主任の問題。」
なんて、一蹴されちゃったけど、
それもまた、ちょっと違うべや^^;?


    *    *    *    *    *    *


該当サイトでは、そういった発言は
「論理的な」説得(反論)の出来ない人が用いる手段
とされていて、確かにそうだとは思うんだけど、
そういうのって、永遠に平行線をたどる
分かり合えない発想かもしれないね。


物事を成功させる鍵は、
最終的に個々のモチベーションと
精神的なエネルギーだ、
と考える私はやはり
「感情的」「感覚的」「心情的」な人なのかもしれない。
もちろん、そこから先は、「論理的な裏づけがあってこそ」
とは思いますが。


    *    *    *    *    *    *


仕事中、椅子をくるっと回して振り向いて、
「ねぇ、論理的の反対語って何だと思う?」
と、みんなに尋ねてみた。


「え?どうしたんですか?突然?」
「クイズですか?」
「検索してみますか?」


皆の反応はそれぞれで面白かったが、
その中で難波班長(30代前半/男性スタッフ/仮名)が
「直感的!」と、即答した。


あ~、それ、いいかも(笑)。(も~らいっ!)
正誤はともかく、その回答が一番自分の心情にあっている。
ただし、その直感もここにあるように、
論理的な思考を重ねて生まれたヒラメキと
自分では思いたいんですが、
それじゃ、「反対語」になりませんね。


私の中身はやっぱり「論理的」ではないのです(笑)。
ぶははは~(笑)。

« 同期は取れていますか? | トップページ | けるさんへのレス »

.ビューティフルヒューマンライフ」カテゴリの記事

コメント

ぷらたなすさん、こんにちは

はじめまして、けるといいます。某高専で先生やってます。

いつも読んでるばっかりですが、初めてコメントさせて
いただきます^^。

理論とは「理(ことわり)を論ずる」から理論と呼ばれているわけで
す。ちなみに、これは数学ではなく、どちらかといえば国語の能力
に依存するかなーって思います。情報を系統立てて論ずる必要
がありますので。これは、数学よりは国語ですね。

ちなみに、情報を系統立てて話すことができるかどうか、つまり
情報の取捨選択がきちんとできるかを見るのは、ある場所への
経路を説明させたら簡単にわかります。論理立てて説明でき
ない人は、無駄な情報を言ったり、必要な情報を言わなかったり
しますので。

#私は、学生に「学校から駅までの行き方を説明してね」って
 質問してます。

それから、論理的な思考という事ですが、論理的思考を邪魔する
ダメ意見には、私も賛成です。私は、論理とは情報の取捨選択、
または重要度の決定を行う際の適切な方法だと考えていますの
で、「論理的が必ず良いとは限らない」とかいう意見は、その根
幹を否定しております^^;。
 ただ、気になるのが、論理的と理論的は違うということです。
論理的は、「論ずる際の理」ですので、悪い言い方をすれば
話のまとめ方です。その辺がごっちゃになってるのかなーって
思います。議論するときは、何かを決定しようと思って議論する
場合が多いのですが、ディベートではないので、どちらが勝つが
では無いと思います。論理的を理論的になおした場合、

  ・理論的が必ず良いとは限らない
  ・やってみなければ分からない

となります。状況にもよるのですが、当然といえば当然です。
人間とか物理系が絡んだ問題は、不確定要素が出てきますの
で、上のような話になります。ただ、状況によってとは、書いた
のは、

  ・理論的が必ず良いとは限らない

不確定要素を自分に都合がいいように、または単なる過去の
データからの推論によって理論を展開されたらこう言いたくも
なりますが、単に自分の都合によって理論を捻じ曲げようと
している場合がありますし、

  ・やってみなければ分からない

100%に限りなく近い確率で失敗しそうなのに、こういえば馬鹿
です。やってみなければ分からない部分は確かに存在しますが
一般的には、「やってみなくても分かる」部分がほとんどですので。

  ・完璧なXXXなんて不可能だから
  ・根拠のない意見も大事

これも同じで、「完璧な仕事しかしません」という奴がいれば
こういいたくなりますし、根拠のない意見も、ヤマカンでない限り
本人には気づかない根拠が存在すると思えます。「これ、売って
たら買います?」、「いや、買わない」、「その理由は?」、「いや
なんとなく」という会話が合った場合、「なんとなく」にも、本人に
も良くわからないけど、きちんとした理由が存在するはずです。
そういう意見も大事かなって、私は思ってます。とうぜん、これも

  ・完璧なXXXなんて不可能だから

そうなんだけど、完璧に近づけるのがプロってものですし、

  ・根拠のない意見も大事

本当に根拠が無かったら、不要な意見ですな。

私は大学院から直接学校にきたので、一般社会というものを
知りません。んで、ちょっと質問。
 私は、世の中の問題には「難しい」と「ややこしい」があると思っ
ています。数学は、そのレベルによっても違いますが、数学者
の問題でも無い限りは「ややこしい」レベルの問題だと思います。
時間が無限、すべての書籍を調べてOKなら誰にでも解けます。
要するに、パズルを解いてるみたいなものですね。「難しい」
問題の解決方法は気が付かない人は、一生気が付きません。
そもそも、解決方法が存在するかも不明です。
 教師をやってて思うのですが、学校で教えるのは、ほとんどが
「ややこしい」事です。そんなんで、社会に出て大丈夫かなー
って思ってます。成績の良い、学校秀才が特に心配。記憶量の
多さと、「ややこしい」問題を解決することの上手さによって評価
を得てきた人間が、社会に出て「むずかしい」問題解決を行えと
いわれた際のギャップに耐えられるのかなって思ってます。

#実際は、どんなもんでしょうかね?


なんか、長くなりましたね。ごめんなさい。

P.S 私は論的の反対は実践かなって思う^^

改行が消えて、最後の質問がくっついてしまってますね。
読みにくい文章でごめんなさい。

けるさん初めまして、こんにちは!
コメントいただいて大変うれしいです。

レスを記事にしました。(何せ長文になってしまったので^^;…)

http://platanus.cocolog-nifty.com/monologue/2005/11/post_93dc.html

ぷらたなすさん、はじめまして。
興味のあるテーマでしたので、古い記事ながら
投稿させて頂ければ幸いです。

論理的の対義語と言う話で検索していると、ここへたどり着きました。

ここのテーマじゃないですけど、
「論理的の反対語」という内容もあったので、
この点についてはこちらは、
「直観的」「クオリア」と言う感じではないかな?
と思っています。

(「直感」ではなく、「直観」)

つまりは「見たまま」という感じで、
しかし、主観的で普遍的ではない。

論理的とは、前提が限定的で、その範囲の要素から
ことわりを正すというような捕え方をしています。

私のほうも20年以上のシステムエンジニアをしておりまして、
技術屋のくだりには納得至極でありますww

ですが、事実上はプロジェクトリーダーはその
「技術屋気質」では上手くは進まないもので、
そこらはPMBOKのプロジェクトマネジメント知識体系を作成しているので、
その辺を参考にしろと言えば、簡単に納得してくれるものと思います。
(CMMIもありますが、あまり実務と近くなく、好影響が少ない)

こういうことを知らないと、エンジニアのプライドに関わりますしw

またご存知でしょうが、今はCompTIA認定資格などがあり、
海外のコールセンターでは必要とされている資格であり、
外資では社内SEにもそのスキルを要求する会社もあります。

あと、会議を上手くまとめるスキルも指導されるといいかもしれないですね。
エンジニアなら「工数」は重要で、
時間単価がプロジェクト内費用を消費するのだから、
アジェンダに対する結果を出さない状況は
作業が出来ていないと一緒だと目標立てるとかですかね。

エンジニアとして腹立たしいのは、
「色々お客さんもこう言ってるし、なんとかやってみてよ」
と色々推論だてた事を聞かず、言った事を精査せず、
初めに言っていたことを考えもせず押し通そうとする状況と、
担当の態度でしょうか。
(また会議前に全然用意をせず、アジェンダさえ知らない状況で会議に来るなど)

正直、「場の空気」など気にしてて仕事が進むもんかぁ!
(まだまだいいたい事が大量にありますが、割愛w)
と言うのが、技術側の思いだったりします。
(現状、日本企業のグローバル化の遅れは、はなはだだしいので・・・)

ですがこれもプロジェクトマネージメントの立場になれば一変します。
物事は十分に普遍的な理論のもとに
「ヒューマンスキル」として実施すべきものと理解せざるを得なくします。

つまり「人擦れ」しなくてはダメなんだと思い知らされるんですね。

「大好き!ヤンキー女子高卒」も読ませてもらいました。
(ちょっと主観的すぎるなぁ、ともw)

僕も会社ではないですが、水商売で長年の知り合いでは
十分にこういったタイプの友人が何人も居ます。
(何故だか?シングルマザーが多いですが)

こちらも仕事のやり方は勉強させてもらってます。
ですが、1つの「クセ」があって、
「職場内の小さな人間関係限定のスキル」と言う気がします。

急な外敵に備えも、想定すらしないきらいがあるというか。
(恐れる事はするのですが)
また苦手部分の克服に脆弱な気もします。
(楽しくない事には積極的じゃないって風でしょうか)

ですが、「スモールビジネス」としての有能さは十分に有能で、
確実な実証済みと強く実感しています。

博士は100人いるむらは笑いましたねww

今は夜間の大学院生ですので、助教で博士号を持っている教員が居ますが、
全然たいした給料じゃないと、想像にたやすいですからww

いくつかへ記事へのコメントですので、
まとまくがなく、申し訳ないです。

takiさん、すみませんっ!コメントに気が付くのが恐ろしく遅れてしまいました(>_<)!
色々たくさん読んでくださってしかもとても丁寧に感想をのべていただき本当にうれしい思いです。ありがとうございました。

コメントはとても勉強になりました。やはりその立場にいる方の本音の発言と言うのは、リアルで力強い説得力があるものだと思いました。拝見してて潔くそして心地よかったです。

あれから随分時間が経ち、私の価値観もそれなりに変わってきました。本気で人財育成の仕事に就こうと決めコーチングを学びタイプ分けを勉強して、今は人に対しても前以上に柔軟になりました。当時とは考えを異にすることもたくさんあります。

なので昔の文章は、本当は気恥ずかしくて削除したいぐらいなのですが、それはそれでそのときの私の偽りのない真実なのだし、その超本音の部分に何かを感じてくださる方もいるだろうと思いそのままにしてあります。

それと、今やすっかり放置ブログなのにいまだに過去記事にアクセスがあって、一度読んだ方がまた訪れてくれたときのためにも削除は失礼かな?なんて思って残している次第です。

最近は当時とは全く違った環境で仕事していますので、もう皆さんが読みたいような記事は書かないかもしれませんが、機会があればまたお越しくださいね。このたびは色々とありがとうございました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54136/6900281

この記事へのトラックバック一覧です: 論理的ってなに?:

« 同期は取れていますか? | トップページ | けるさんへのレス »

スポンサーリンク

3か月継続で白歯実現!

介護の転職

経理の転職

無料ブログはココログ

★★★